３（３）三角な恋感情

1-3-3-1「メルセデス！」と、外から嬉しそうな声が聞こえた。1-3-3-2「メルセデス！」。1-3-3-3「あら！」と、少女は喜びに湧きかえり、なつかしさに躍りあがって叫んだ。1-3-3-4「あの人、あたしを忘れたりなんかしなかったのよ。1-3-3-5ほら、そこにきてくれたわ！」。1-3-3-6そして彼女は戸口のほうへ飛んで行き、声をたてながら戸をあけた。1-3-3-7「ここよ、エドモン！1-3-3-8ここよ」。 1-3-3-9フェルナンは顔色をかえ体をふるわせながら、まるで蛇を見た旅人のように後しざりした。1-3-3-10そして、自分の椅子に体が触れると、そこに『ぐったり』腰をおろした。 1-3-3-11エドモンとメルセデスとは、互いに抱きあった。1-3-3-12燃えるようなマルセイユの太陽は、扉の入口から射（さ）しこんで、二人を光の波でつつんでいた。1-3-3-13二人の目には、最初自分たちの身のまわりに何があるのか見えなかった。1-3-3-14二人は、大きな幸福によってこの世からひき離されていた。1-3-3-15そして、はげしい喜びに躍りあがって、まるで苦しいとでも思われるほどな、とぎれとぎれの言葉を語りあっていた。 1-3-3-16たちまちエドモンには、暗いところに浮きあがっている、フェルナンの青ざめた、おびやかすような、陰気な顔が目にはいった。1-3-3-17フェルナンは、思わず手を腰に帯びた短刀の上に置いていた。1-3-3-18「やあ、失礼」と、ダンテスのほうでも、眉をよせながらこう言った。1-3-3-19「三人とは思わなかった」。1-3-3-20そして、メルセデスのほうへ向かって、「あの方は？」とたずねた。1-3-3-21「あなたの良いお友だちになる人なの。1-3-3-22なぜって、あれはあたしのお友だち、あたしの従兄（いとこ）、あたしの兄さんなの。1-3-3-23フェルナンていうの。1-3-3-24あなたの次に、あたしが世界中で一番好きな人。1-3-3-25覚えていないこと？」。 1-3-3-26「ああ、そうそう」と、エドモンが言った。1-3-3-27そして、片手はメルセデスの手を放そうともしないで、も一つの方の手を、親しみをこめたようすでフェルナンの方へさし出した。1-3-3-28だが、フェルナンは、そうした親しみのこもったしぐさに答えようともしないで、石像のように黙りこくり、身じろぎひとつしなかった。1-3-3-29エドモンは、なにか見てとろうとするような眼差しを、『はっ』とおののいているメルセデスの上から、陰気な、おびやかすようなフェルナンの上へうつした。1-3-3-30彼は、一目（ひとめ）見てすべてをさとった。 1-3-3-31彼の額（ひたい）は怒りに燃えた。1-3-3-32「僕は、大急ぎであなたのところへやってきた。1-3-3-33だが、メルセデス、まさか敵を見せられようとは思わなかった」。1-3-3-34「敵ですって！」メルセデスは、怒りの眼差しを従兄（いとこ）のほうへそそぎながら叫んだ。1-3-3-35「あたしのところに敵がいるんですって？1-3-3-36もしほんとうにそうだったら、あたし、あなたを腕に抱いて、このままマルセイユへ行ってしまうわ。1-3-3-37そして、こんな家へは二度とふたたびもどってこないわ」。1-3-3-38フェルナンの眼はキラリと光った。 1-3-3-39「そしてエドモン、もしもあなたの身に何か悪いことでも起こったら、」と、彼女は『きっ』とした冷静さで言葉をつづけた。1-3-3-40フェルナンは、自分の不吉（ふきつ）な考えの底の底まで見破られたことを見てとっていた。1-3-3-41「もし悪いことでも起こったら、あたし、あのモルジョン岬にのぼって真逆（まっさか）さまに岩をめがけて身投げをするわ」。1-3-3-42フェルナンは、恐ろしいほどまっ青（さお）になっていた。1-3-3-43「でもエドモン、あなたは思いちがいをしているのよ」と、彼女は言葉をつづけた。1-3-3-44「ここには敵なんかいないのよ。1-3-3-45ここにいるのはあたしの兄さんのフェルナンばかり。1-3-3-46心をゆるしたお友だちといったように、あなたの手を握ろうとしているんだわ」。 1-3-3-47こう言って、彼女は、命令するような顔を『きっ』とフェルナンのほうへふり向けた。1-3-3-48と、フェルナンは、その眼に射すくめられでもしたように、しずかにエドモンのほうへ歩みよって、手を出した。1-3-3-49燃えさかってはいたものの、いまは力のない波のようになっていた彼の憎悪（ぞうお）は、女の力の前に難（なん）なく砕け散ってしまっていた。1-3-3-50だが、自分の手がエドモンの手に触れた瞬間、彼には、もう自分としてできるかぎりのことをしたといったような気持がした。1-3-3-51そして、いっさんに外（そと）のほうへ走り出た。 1-3-3-52「ああ！」走りながら、彼はまるで気がちがいでもしたように、両手で髪をひきむしりながら叫びたてていた。1-3-3-53「ああ！誰か、あの男をおれからひき離してくれるものはいないか？1-3-3-54おれはだめだ！1-3-3-55おれはだめだ！」。1-3-3-56「おいおい、先生！1-3-3-57おい、フェルナン！1-3-3-58どこへ行くんだ？」と、いう声がした。1-3-3-59青年は急に立ち止まった。1-3-3-60そしてまわりを見まわすと、青葉棚のかげの『あずまや：東屋：柱だけで壁がなく、屋根を四方にふき下ろした小屋』にダングラールとテーブルを囲んでいるカドルッスの姿が目にはいった。

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引用者：2016/5/20　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義