３（２）若者の心中と少女の決意

1-3-2-1「お前は自分の貧乏は忍んでいる。1-3-2-2だが、この僕の貧乏には恐れをなしたというわけなんだ。1-3-2-3メルセデス、お前が愛してくれたら僕はひと財産作ってみせよう。1-3-2-4お前が運をもってくるんだ。1-3-2-5そして、僕は金持になるんだ。1-3-2-6僕はもっと手びろく漁師の仕事をやってみよう。1-3-2-7番頭になって商館にもはいろう。1-3-2-8僕は商人にだってなれるんだ！」。1-3-2-9「どれもできっこないことよ、フェルナン。1-3-2-10あなたは兵隊よ。1-3-2-11あなたがここにいられるのも、それは戦争がないからなの。 1-3-2-12だから漁師のままでいらっしゃいよ。1-3-2-13世の中のことが、もっとつらく思われ出すような夢なんか見ないで。1-3-2-14そして、お友だちとしての気持だけでがまんしてちょうだい。1-3-2-15だって、その他（ほか）のものを上げるわけにはいかないんだから」。1-3-2-16「そうだ、お前の言うのがほんとうだ、メルセデス。1-3-2-17僕は船乗（ふなのり）になろう。1-3-2-18僕は、お前が軽蔑しているような先祖たちの着物をすてて、漆（うるし）塗りの帽子（ぼうし）、縞（しま）のシャツ、それにボタンの上には錨のついた青い上衣を着ることにしよう。1-3-2-19そうだ、お前の気に入ろうと思ったら、そうしたものを着なければならないんだから」。 1-3-2-20「なにを言ってるのよ？」メルセデスは、『きっと』した眼差しを投げながら問いかえした。1-3-2-21「なにを言ってるのよ？1-3-2-22あたしにはわからないわ」。1-3-2-23「メルセデス、僕はお前が、誰かそういう着物を着た人のくるのを待っていて、それでそんなにつらく当るんだってことを言いたかったんだ。1-3-2-24だが、お前の待っているその人は、あてになんかならないぜ。1-3-2-25たとえその人がそうでなくても、その人にとって海があてにならないこともあるだろうから」。 1-3-2-26「フェルナン、」とメルセデスは叫んだ。1-3-2-27「あたし、あなたを善（よ）い人とばかし思っていたわ。1-3-2-28でも、それはあたしの考えちがいだったのね。1-3-2-29フェルナン、自分の嫉妬心の助けのために神の神のお怒りまで招くようなことをするなんて、ほんとにあなたは悪い人だわ！1-3-2-30あたし、かくしだてなんかしませんわ。1-3-2-31あたし、あなたが言った人を待っているのよ。1-3-2-32あたし、その人が好きなのよ。1-3-2-33万一（まんいち）帰ってこなかったところで、あたし、あなたが言ってるように、あの人のあてにならなかったのを咎（とが）めたりしないことよ。1-3-2-34あの人が、あたしを愛しながら死んでいったにちがいないって言いきれるわ」。 1-3-2-35青年は憤然（ふんぜん）としたとうすを見せた。1-3-2-36「わかったわ、フェルナン。1-3-2-37あたしがあなたを好きにならないからって、あなたはあの人をうらんでいるのね。1-3-2-38あなたはそのカタロニヤの匕首（あいくち：つばのない短刀）で、あの人の短刀と戦おうと思ってるのね。1-3-2-39それがなんの役に立つと思って？1-3-2-40あなたが負ければ、あなたはあたしの友情（ゆうじょう）さえなくしてしまうし、あなたが勝ったにしたところで、あたしの友情が憎しみに変わるだけじゃないの。1-3-2-41ねえ、その人を好きでいる女の気に入るために、その人を相手に争うなんて、ずいぶんまずいやりかただと思うわ。 1-3-2-42よしたがいいわ、フェルナン。1-3-2-43そんなばかばなしい考えはだめ。1-3-2-44あたしを奥さんにするかわりに、ただお友だちなり、妹なりでがまんするのよ。1-3-2-45それに、」彼女は、目をしばたたきながら、涙をたたえてつけ加えた。1-3-2-46「待ってちょうだい、待って、フェルナン。1-3-2-47さっきあなたも言ったように、海は気心（きごころ）が知れないものだわ。1-3-2-48あの人が出て行ってから四月（よつき）になるわ。1-3-2-49四月このかた、ずいぶん『しけ：時化：風雨のために海が荒れること』があったわね！」。 1-3-2-50知らん顔をしたフェルナンは、メルセデスの頬（ほお）を流れる涙を拭いてやろうともしなかった。1-3-2-51しかも、その涙の一滴（いってき）のためなら、わが血をコップに一杯与えても惜しくなかった。1-3-2-52しかもその涙は、いまほかの男のために流されているのだ。1-3-2-53彼は、立ち上がって、家のなかをひとまわり歩きまわった。1-3-2-54そして、またもどってくると、沈痛（ちんつう）な眼つきで、両の拳（こぶし）を握りしめながら、メルセデスの前に立ち止まった。1-3-2-55「さあ、メルセデス」と、彼は言った。1-3-2-56「もう一度言ってくれ。1-3-2-57それははっきりきまったことなのか？」。 1-3-2-58「あたし、エドモン・ダンテスさんが好き」と、少女はキッパリ言いきった。1-3-2-59「エドモン以外の人だったら、夫にしたくないと思うの」。1-3-2-60「では、いつまでもあの男が好きでいるのか？」。1-3-2-61「命のあるかぎり」。1-3-2-62フェルナンは打ちのめされたように頭を垂れ、うめくような溜息をついた。1-3-2-63が、たちまち顔をあげると、歯を喰いしばり、小鼻をひらいて、「だが、もしあの男が死にでもしたら？」。1-3-2-64「死にでもしたら、あたしも死ぬわ」。1-3-2-65「でも、もしあの男が忘れたら？」。

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引用者：2016/5/20　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義