１８（５） １８（５）
| 1-18-5-1「とんでもない」と、ダンテスは言った。1-18-5-2「むしろ、興味津々（きょうみしんしん）たる年代記（ねんだいき）でも読むような気がします。1-18-5-3それから先をお聞かせください」。1-18-5-4「では、つづけよう。1-18-5-5一家も、だんだんそうした不運に慣れてきた。1-18-5-6そして、月日はだんだん過ぎていった。1-18-5-7子孫のうちのあるものは軍人（ぐんじん）になる。1-18-5-8他の或るものは外交官になる。1-18-5-9あるものは僧侶（そうりょ：キリスト教聖職者）、或るものは銀行家1-18-5-10或るものは産を成（な）し、或るものはひどく落魄（らくはく：落ちぶれる）した。 1-18-5-11そして一家のうちの最後のもの、つまり、わしが秘書をしていたあのスパダ伯爵の時代になった。1-18-5-12わしは伯爵が、財産（ざいさん）と地位（ちい）との釣り合わないことをたびたびこぼしておられるのを耳にした。1-18-5-13そこで、残っている僅（わず）かな財産を、終身年金（しゅうしん・ねんきん）にして預けたほうがいいと教えてあげた。1-18-5-14わしの意見は容（い）れられて、こうして収入は倍に増えた。 1-18-5-15一家の手に残された例の祈祷書（きとうしょ）は、スパダ伯が持っていた。1-18-5-16それは、父から子へと受（う：本は「承」）け継がれたのだ。1-18-5-17それというのも、ただ一つの遺言状（ゆいごんじょう）のなかに不思議なことが記（しる）されていたため、それがさも御遺骨（ご・いこつ）といったように、迷信的（めいしん・てき）な尊敬をもって家族の手によって守りつづけられてきたからだった。1-18-5-18それは、ゴチック風の美しい画（え）によって飾られ、金の装飾のずっしりした書冊で、儀式の日には、一人の下僕（げぼく）がそれを捧げて、枢機員の前に立って歩いて行くことになっていた。 1-18-5-19わしは、一家（いっか）の文庫（ぶんこ）に収められている、そして、すべて毒殺された枢機員から伝わってきている証書、契約書、羊皮紙（ようひし）に記された公文書などを見て、これまでの幾人かの用人、幾人かの家扶、幾人かの秘書がしたのと同じように、自分もまたその恐ろしいほど多くの書類の束（たば）を調べてみようと思いついた。1-18-5-20わしは、心をこめて調べてみた。1-18-5-21だが、なに一つ見あたらなかった。 1-18-5-22だがわしは、ボルジア家についての歴史を読んでみた。1-18-5-23それだけではない、正確な、ほとんど日誌体の歴史といったようなものを書きあげてみた。1-18-5-24それは、枢機員セザール・スパダが死んだため、ボルジア家の財産に何か増えたりしたものはないか、それをたしかめたいと思ってだった。1-18-5-25だが、そこには、あの不幸なロスピリオーシ枢機員の財産のはいっているのを見つけだしたに過ぎなかった。 1-18-5-26こうしてわしは、スパダの遺産が、ボルジア家のものとならず、また彼一家のものともならず、まるで神に守られ、地の胸に眠るアラビヤ夜話（やわ）の宝のように、まったく主（あるじ）のないものとして残っているのをたしかめた。1-18-5-27わしはさがしてみた。1-18-5-28かぞえてみた。1-18-5-29三百年にわたる一家の収入支出を何遍（なんべん）となく調べてみた。1-18-5-30だが、すべてはまったくの徒労（とろう）だった。1-18-5-31わしにはなにもわからなかった。1-18-5-32そして、スパダ伯は、あいかわらず貧（ひん）に苦しみつづけておられた。 1-18-5-33やがて、伯爵は亡くなった。1-18-5-34遺産のなかには、一家に関する記録のほかに、五千冊の書籍から成る蔵書と、例の祈祷書が残っていた。1-18-5-35わしは、伯爵から、それらすべてに、ローマ貨幣一千エキュ（本当のところはわからないが銀貨１エキュは３フランとして１０００×３×１０００円＝３００万円を目安にしたい）の現金を添えて遺贈された。1-18-5-36ただ、条件として、毎年ミサ（ラテン語：missa：ローマカトリック教会で、神に感謝し、罪のつぐないと神の恵みを祈る祭式）を欠かさぬよう、それに伯爵一門（いちもん）の系図と歴史を書きあげてくれるようにということだった。1-18-5-37わしはちゃんと約束をはたした・・・・ 1-18-5-38さ、安心されるがいい、エドモン君。1-18-5-39いよいよ話も終りに近い。 1-18-5-40西暦１８０７年、わしが捕（とら）われる一月前、スパダ伯が亡くなられて十五日の後、すなわち五月二十五日のことだった。1-18-5-41この思い出の日をどうしてわしがおぼえているか、それはいまにおわかりなのだ。1-18-5-42わしは、すでに幾度となく読んだ後で、も一度自分の整理したそれらの書類を読んでみた。1-18-5-43というのは、お館もいよいよ人手（ひとで）にうつることになるし、わしは、自分の持っていた一万二三千（いちまん・に・さん・ぜん）リーブル（リーブルはフランと同じとして、１２００万円）の金（かね）、わしの蔵書（ぞうしょ）、それに例の祈祷書を持ってローマを離れ、フィレンツェへ行こうとしていたから、1-18-5-44わしは、一つには熱心な研究に疲れ、一つには、ついいましがた重い昼食を食べて腹ぐあいが悪いままに、両手で頭を抱（かか）えながら眠りこんだ。1-18-5-45午後三時頃のことだった。 1-18-5-46目を覚ましたとき、時計は六時を打っていた。1-18-5-47わしは頭をあげた。1-18-5-48あたりは真暗（まっくら）。1-18-5-49灯（あかり）を持ってこさせようと思ってベルを鳴らした。1-18-5-50誰もこぬ。1-18-5-51それに、わしも。、これからは哲学者らしい簡素な習慣をつけなければならぬし、一人で灯をつけようと思って、片手で、いざ火をつけようと蝋燭（ろうそく）を持った。1-18-5-52そして、あいにく箱の中にはマッチがなかったので、別の片手で、ちょうど炉のなかに消えかけていた焔（ほのお）から、紙片に火をうつそうとした。 1-18-5-53だが、なにいしろあたりは闇（やみ）のことだった。1-18-5-54いらない紙と思いちがえて、貴重な書類をつかんではならないぞと、ちょっとの間ためらった。1-18-5-55そのとき心に浮かんだのは、そばのテーブルの祈祷書のなかに、まるで「しおり」といったように挟（はさ）まれたまま、何百年というあいだ、承（ウ）け継ぐ人々の尊敬からいつもその位置に挟まれたまま、すでに上の方が黄ばんでいる古い紙片のことだった。1-18-5-56わしは手探りでその紙を探した。1-18-5-57そして、それが見つかると、手でねじり、消えようとしている焔にかざして火をつけた。 |
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引用者：2016/5/12 （笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」 初代代表者 笹倉正義
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