１８（２）燃えさしの紙片

1-18-2-1「エドモン君、あなたはわしの言うことをどこまでも信じまいとしておいでだ」と、ファリア司祭は言葉をつづけた。1-18-2-2「わしの声が、あなたを信じさせることができないのか？1-18-2-3あなたは証拠（しょうこ）を望んでおいでだ。1-18-2-4よろしい、いままで誰にも見せなかった、これ、この手紙をお見せしよう」。1-18-2-5「あしたにしましょう」。1-18-2-6ダンテスは、気違いの老人を、このうえ相手にしたくないと思って言った。1-18-2-7「そのことは、あしたでなければ伺（うかが）わないとお約束しました」。 1-18-2-8「そのことはあした話そう。1-18-2-9だが、この書類だけは読んでもらおう」。1-18-2-10《怒らせてはいけない》と、ダンテスは思った。1-18-2-11そして、おそらく何かのできごとで半分ばかり燃えたとおぼしい、その紙片を手に取って読みはじめた。 1-18-2-12　　この宝はその価格にしておよそ 1-18-2-13　　離れたるところにローマの貨幣にて 1-18-2-14　　第二に開かれたる扉口の 1-18-2-15　　そのものの手に属することを証 1-18-2-16　　なり 1-18-2-17　　　　　　　　　１４９８年４月２５日 1-18-2-18「どうだな？」。ダンテスの読み終るのを待ちかねるようにファリアがたずねた。1-18-2-19「でも」と、ダンテスが答えた。1-18-2-20「行が切れていて、言葉に連絡がありません。1-18-2-21字が燃えてしまっていて、まったく意味がとれませんが」。1-18-2-22「それは、はじめて読んだからなのだ。1-18-2-23わしは幾晩となく、読みわけようと心を砕いて、文章の一つ一つをつくり上げ、そこに書かれている考えの一つ一つを、ちゃんとまとめることができたのだ」。1-18-2-24では、とぎれた意味がおわかりになったというのですか？」。1-18-2-25「確信がある。1-18-2-26あなたの意見を聞かせてもらおう。1-18-2-27だが、まずこの書類のいわれというのをお聞かせしよう」。 1-18-2-28「しいっ！」とダンテスが叫んだ。1-18-2-29「・・・・足音です！・・・・やってきます・・・・わたくしは行きます・・・・さようなら」。1-18-2-30ダンテスは、老人の不幸をますます信じなければならなくさせるそうした由来（ゆらい）話や説明などを逃れられることをうれしく思いながら、狭い穴の中を蛇（へび）のように滑（すべ）って行った。1-18-2-31一方（いっぽう）、ファリアは、恐怖の気持から一種（いっしゅ）の元気（げんき）が出たものか、敷石を足で押し、その継ぎ目をかくすひまがないままに、上にござ（わらで編んだ敷物）をかけてごまかした。 1-18-2-32典獄（てんごく：刑務所長の旧称）だった。1-18-2-33獄丁（看守のこと）からファリアの身に起こったことを聞くと、はたしてどれほど重態（じゅうたい：重い症状のこと。重体と同じ）であるかをたしかめようと、自身やって来たのだった。1-18-2-34ファリアは、坐ったままで訪問を受けた。1-18-2-35そして、怪しまれないように心をつかって、半身死んだもののような中風（ちゅうぶう）の症状を、たくみに典獄（てんごく：刑務所長の旧称）の目からかくしおおせた。1-18-2-36彼は、典獄が自分にたいしてあわれみをかけ、もっと健康的な牢にうつし、自分をダンテスから引き離すことになりはしまいかをおそれていた。1-18-2-37だが、さいわいそうしたことにはならなかった。1-18-2-38典獄は、自分も好感をもっているこの哀れな狂人が、ほんのちょっとした病をしたにすぎないと思いこんで、そのまま帰って行ってしまった。 1-18-2-39そうしたあいだ、ダンテスは、ベッドに腰をかけ、両手に頭をか抱えながら、考えをまとめようとつとめていた1-18-2-40ファリアを知ってからというもの、枯れにはファリアが、どこから見てもきわめて理智的で、偉大で、論理的な人物に思われていた。1-18-2-41それなのに、あらゆる点からきわめて聡明なその人が、なぜ或ることにかけて不条理な考えを固執（こしつ）するのか、それが理解できなかった。1-18-2-42宝について、ファリアははたして思いちがいをしているのだろうか。1-18-2-43それともみんなが、ファリアについて思いちがいをしているのだろうか？1-18-2-44ダンテスは、その日（ひ）一日（いちにち）、ファリアを訪れずに室にいた。1-18-2-45そして、ファリアの狂気を信じなければならなくなるのを、なるべく遅らせたいと思っていた。1-18-2-46それを信じなければならないことは、なんともおそろしいことなのだった。 1-18-2-47だが夕方、いつもやってくる時間が過ぎても青年（せいねん）のこないのを見たファリアは、青年と自分とをへだてているその距離を、自分のほうから越えようとした。1-18-2-48老人が、体を引きずるためにする苦しい努力の音を聞きつけたとき、ダンテスは思わずハッとふるえあがった。1-18-2-49すでに片足（かたあし）動かなくなっていた老人は、いまはただ手を使うよりほかになかった。1-18-2-50ダンテスは、老人を自分のほうへ引きよせた。1-18-2-51老人は、ダンテスの室への狭い穴のくちから、一人で這（は）い出すことさえできなかった。 1-18-2-52「執念（しゅうねん）ぶかくあなたを追いまわしているわけだな」と、老人は、好意（こうい）の微笑を浮かべながら言った。1-18-2-53「あなたは、わしのすばらしい宝の話から、まんまと逃げおおせたつもりでいた。1-18-2-54ところがだめだ。1-18-2-55まあ、聞いてもらおう」。1-18-2-56ダンテスは、引くにも引けないと思った。1-18-2-57そこで、老人をベッドに腰掛（こしか）けさせ、自分も腰掛をとってそのそばに掛けた。

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引用者：2016/5/11　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会・必読書