１７（５）犯罪の利得者

1-17-5-1ダンテスは話をはじめた。1-17-5-2話といっても、それはインドへ行った旅と、二三度（にさんど）近東（きんとう：トルコ、イスラエル、シリヤなどの地域の総称）へ出かけた旅のことに過ぎなかった。1-17-5-3やがて話は、その最後の航海のこと、ルクレール船長の死、船長から大元帥（だいげんすい）あてに託された包みのこと、大元帥との会見（かいけん）、そして大元帥から渡されたノワルティエなる人物（じんぶつ）にあてた手紙のことなどに及んでいった。 1-17-5-4やがて、マルセイユ到着、父との会見、メルセデスとの恋の語らい、婚約披露（ひろう）の宴（うたげ）のこと、拘引（こういん）、訊問（じんもん）、裁判所での仮入獄、つづいてシャトー・ディフへの決定的な入獄のことなどを話してきかせた。1-17-5-5ここへきてからのダンテスには、何一つわからなかった。1-17-5-6どれだけ入れられていたのかさえ忘れてしまっていた。1-17-5-7話がすむと、司祭は深く考えこんでいた。 1-17-5-8「ここに、」司祭はしばらくしてからこう言った。1-17-5-9「意味（いみ）深長（しんちょう）な一つの法律上の箴言（しんげん：教訓・戒めの意を持つ短い言葉）がある。1-17-5-10それは、さっきわしの言った言葉にぴったり合うが、生来（せいらい）悪心（あくしん）を持った人間でないかぎり、人の性は元来（がんらい）罪を好まぬということなのだ。1-17-5-11ところが、文明はわれらに欲望を与え、罪悪を与え、後天的な慾（よく）を与えて、その結果、時によるとわれらの善良な本能をおし殺し、われらを悪に導いて行く。1-17-5-12そこで、こうした箴言が生まれた。 1-17-5-13曰（いわ）く、犯人を見付けるためには、まずその犯罪によって利得する者を求めよ！ 1-17-5-14あなたがいなくなることによって、誰か利得する者があったかな？」。1-17-5-15「誰も利得などはしません。1-17-5-16わたしごとき、取るにたりない人間でしたから」。1-17-5-17「そうした返事をしてはいけない。1-17-5-18そこには、論理と哲学と、双方ともに欠けている。 1-17-5-19上は、継承者（けいしょうしゃ）にとって邪魔者である王からはじめて、下は、見習いの者にとっての邪魔者である上役（うわやく）に至るまで、すべて相対（そうたい）の関係に立っている。1-17-5-20王が死ねば継承者は王位に上る。1-17-5-21上役が死ねば見習いの者は千二百リーブル（フランに同じだから：１２０万円）の俸給にありつける。1-17-5-22この千二百リーブルの俸給、これが見習いにとっての皇室費（こうしつひ）だ。1-17-5-23それは、彼の生活にとって、王における千二百万リーブル（１２０億円）と異なるところのないほど必要なのだ。 1-17-5-24社会階級のもっとも低きよりもっとも高きに至るまで、めいめいの人は、ちょうどデカルトの言ったいろいろな世界と同じように、すべて自分の身のまわりに、小さな利害関係の世界をもち、そこに渦巻きがあり、とがり合った分子がある。1-17-5-25ただし、こうした世界は、それが高くあがるにしたがって、ますます大きくなっていくものなのだ。1-17-5-26まず螺旋（らせん）を逆（さか）さにしたようなものなんだな。1-17-5-27そして、うまく釣合（つりあい）をとってその尖端（せんたん）で立っているというわけなのだ。 1-17-5-28さて、あなた自身の世界に返ってみよう。1-17-5-29あなたは、ファラオン号の船長になろうとしていたのだな？」。

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引用者：2016/5/22　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会・必読書