１７（１５）司祭の宿命

1-17-15-1「救（タス）かった！1-17-15-2救かった！」と、 ダンテスは叫んだ。1-17-15-3老人は、まだ口がきけなかった。1-17-15-4だが、それとわかる不安なようすで扉口（とびらくち）のほうを指（さ）した。1-17-15-5ダンテスが耳を澄（す）ますと、獄丁（看守）の足音が耳にはいった。1-17-15-6七時（しちじ）になろうとしていた。1-17-15-7そしてダンテスには、時間を考えてみるゆとりさえなかった。1-17-15-8青年は、穴の入口へ飛んで行った。 1-17-15-9そして、そのなかにもぐり込み、頭の上の敷石を直し、それから室へ帰って行った。1-17-15-10一瞬の後、彼の室の扉が開かれた。1-17-15-11獄丁は、いつものようにベッドに腰かけたダンテスの姿を見出した。1-17-15-12獄丁が出て行くか行かないうちに、そして、その足音が廊下に消えるか消えないうちに、不安に耐えないダンテスは、食事のことなど考えてみようともせず、もときた路（みち）をとって返した。 1-17-15-13そして、頭で敷石を押し上げ、司祭の室へもどって行った。1-17-15-14司祭は、すでに意識をとりもどしていた。1-17-15-15だが身動きもせず、『ぐったり』して、ベッドの上に横になっていた。1-17-15-16「もう会えまいと思っていた」と、司祭は言った。1-17-15-17「なぜですか？」と、ダンテスがたずねた。1-17-15-18「では、死のうと思っておいででしたか？」。1-17-15-19「そうではない。1-17-15-20だが、逃げようとさえ思えば、万事（ばんじ）はできていたのだからな。1-17-15-21わしは、「てっきり」あなたが逃げたと思っていた」。 1-17-15-22憤然（ふんぜん）としたダンテスは、思わず頬（ほお）を赤く染めた。1-17-15-23「あなたを残して！」と彼は叫んだ。1-17-15-24「わたしがそんなことをすると思っておいででしたか？」。1-17-15-25「いまとなって、わしは自分の思い違いに気がついた」と、老人は言った。1-17-15-26「ああ、わしはもうすっかり弱っている。1-17-15-27だめになってしまっている。1-17-15-28すっかりまいってしまっている」。 1-17-15-29「しっかりしてください。1-17-15-30また力がもどって来るでしょう」と、ダンテスは、ファリア司祭のベッドの傍（かたわ）らに腰をおろし、その手をとってそう言った。1-17-15-31司祭は首を左右にふった。1-17-15-32「この前のときには、」と司祭は言った。1-17-15-33「発作は三十分（さんじゅっぷん）ばかりつづいた。1-17-15-34そのあとでは、腹がへってきた。1-17-15-35そして、わしはひとりで起き上がった。1-17-15-36ところが、今日（きょう）のわしには、脚（あし）も右手も動かすことができん。1-17-15-37頭のぐあいもわるい。1-17-15-38これは脳溢血（のういっけつ）の兆候（ちょうこう）だ。1-17-15-39三度目には、全身不随（ぜんしんふずい）か、それとも頓死（とんし）か、二つに一つのほかにないのだ」。 1-17-15-40「いいえ、いいえ、御安心ください、お死にになりはしないでしょう。1-17-15-41三度目の発作が起こるときには、あなたは自由になっておいででしょう。1-17-15-42そして、また今度のようにお助けすることができましょう。1-17-15-43お助けの方法もすっかり揃（そろ）っているでしょうし、おそらく、もっとわけなくお助けすることができましょう」。1-17-15-44「おお、思いちがいをしてはいけない」と、老人は言った。1-17-15-45「いまの発作は、わしに終身禁固（しゅうしん・きんこ）を申しわたした。1-17-15-46逃げるためには、歩けなくては困るから」。 1-17-15-47「そんなら待とうじゃありませんか、一週間、一ヶ月、なんなら二ヶ月。1-17-15-48そのうちには、元気におなりになるでしょう。1-17-15-49脱獄の準備はできています。1-17-15-50時期はわたしたちの心のままです。1-17-15-51泳ぐだけの力がもどってきましたら、計画を実行にうつしましょう」。1-17-15-52「もうわしには泳げまい」と、ファリア司祭が言った。1-17-15-53「この腕の痺（しび）れるのは、単に今日だけのことではないのだ。1-17-15-54これは一生（いっしょう）つづくのだ。1-17-15-55持ち上げてみるがいい。1-17-15-56重く「ぐったり」しているから」。 1-17-15-57ダンテスは、老人の手を持ちあげてみた。1-17-15-58それは、なんの感覚もなく、「ぐったり」垂（た）れた。1-17-15-59彼は思わず溜息（ためいき）をついた。1-17-15-60「これで得心（とくしん）がいったろう、エドモン君（くん）」と、司祭が言った。1-17-15-61「わしの言うことを信じてほしい。1-17-15-62わしには、自分の言っていることがわかっている。1-17-15-63わしは、はじめてこの病気にやられたときからいつもそのことを考えつづけ、そのときのくるのを待っていた。1-17-15-64というのも、これはわしの血筋（ちすじ）の遺伝（いでん）なのだ。 1-17-15-65父も三度目の発作で死んだ。1-17-15-66祖父も同様。1-17-15-67この薬をこしらえてくれた医者、というのは、じつは例の名高いカバニスだが、彼もまた、わしに同じ運命を予言した」。1-17-15-68「医者だってまちがうことがありましょう」と、ダンテスが叫んだ。1-17-15-69それに、たといお体がきかなくても、それは問題ではありません。1-17-15-70わたしがあなたを背負いましょう。1-17-15-71そして、力をおかししながら泳ぎましょう」。 1-17-15-72司祭は言った。1-17-15-73「あなたは船乗（ふなの）りだ。1-17-15-74あなたは泳ぎ手だ。1-17-15-75だから、知っておいでのことと思うが、そういう重荷（おもに）を背負（せお）って海に出たら、五十間（ごじゅっけん：１．８ｍＸ５０＝９０ｍ）とは泳げぬものだ。1-17-15-76そうした夢のような話はたくさんだ。1-17-15-77聡明なあなたにいは、ちゃんとわかっているはずなのだ。1-17-15-78そうした夢に迷ったりされるな。1-17-15-79このわしは、自由になれる日まで、ここに残っているつもりだ。といったところで、もうこうなれば臨終（りんじゅう）の時を待つよりほかにないのだが。1-17-15-80だが、あなたは、ここを逃げるがいい！1-17-15-81年（とし）も若い。1-17-15-82敏捷（びんしょう）でもあるし、力もおありだ。1-17-15-83わしのことなら心配無用だ。あなたとの約束もこれきりだ」。

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引用者：2016/5/23　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会・必読書