１７（１３）時は金なり

1-17-13-1三ヶ月たった。1-17-13-2「あなたには力があるか？」1-17-13-3或る日のこと、司祭はダンテスにこうたずねた。1-17-13-4ダンテスは、それには答えず、「のみ」を手にするとそれを蹄鉄（ていてつ）のようにねじ曲げ、それをふたたび元の形に直して見せた。1-17-13-5「いよいよ最後（さいご）というときまで、番兵（ばんぺい）を殺さないと約束できるか？」。1-17-13-6「誓って」。 1-17-13-7「よし」と、司祭は言った。1-17-13-8「それでは計画を実行できるだろう」。1-17-13-9「いったいどれくらいかかるのです？」。1-17-13-10「少なくとも一年かな」。1-17-13-11「では、もう仕事に取りかかっていいのですか？」。1-17-13-12「すぐにもだ」。1-17-13-13「ああ、ああ、一年というものを、無駄にすごしてしまいました」と、ダンテスは叫んだ。1-17-13-14「無駄にしたとお思いかな？」と、司祭は言った。1-17-13-15「わたしの思いちがいでした」と、ダンテスは、顔をあからめながら言った。1-17-13-16「静かに！」と、司祭は言った。1-17-13-17人間は要するに人間に過ぎない。そして、君はわしの知っているかぎりにおいて、すぐれた人間の一人なのだ。1-17-13-18さて、計画というのはこれなのだが」。 1-17-13-19司祭はダンテスに自分の引いた図面（ずめん）を示した。1-17-13-20それは自分の室、それに双方の室を結ぶ廊下を示した図面だった。1-17-13-21その廊下の中央には、ちょうど鉱坑（こうこう：鉱物を採掘するために掘った穴）にあるような一つの横穴ができている。1-17-13-22この横穴のおかげで、いつも哨兵（しょうへい：番兵）の歩いている廊下の下まで行けるのだった。1-17-13-23さて、そこまで行ったら、そこに大きな穴を掘る。1-17-13-24そして、廊下の床（ゆか）の敷石を一枚はずす。敷石は、時がくると、上にのった兵士の重みでどかりと落ちこむ。1-17-13-25兵士は穴に吸いこまれる。1-17-13-26落ちこんだのにびっくりして、なんの抵抗もできずにいると、ダンテスがいきなり跳（オド）りかかる。1-17-13-27縛りあげたあとで「さるぐつわ」をかませる。1-17-13-28そして、二人は廊下の窓から抜け出して、例の梯子（はしご）をつかい、外側の城壁を伝（つた）いくだって逃走（とうそう）する。1-17-13-29こういう手はずになっていた。 1-17-13-30ダンテスは手を叩（たた）いた。1-17-13-31目は喜びに燃えていた。1-17-13-32いかにもたやすい計画だった。1-17-13-33成功することは疑いなかった。1-17-13-34その日すぐに、二人は仕事に取りかかった。1-17-13-35しかも仕事は、長く休んでいたあとだけに、そしておそらく、二人の心の底深くしまってあった考えだけに、それだけ熱心にすすめられた。 1-17-13-36二人が仕事の手を休めるのは、獄丁（ごくちょう：看守のこと）のやってくるのを待つため、各々（おのおの）室へ帰らなければならないときだけ。1-17-13-37それに二人は、かすかな足音だけで獄丁の下（お）りてくるのがわかるので、ついぞふいをおそわれたことがなかった。1-17-13-38新しい穴から掘り出され、前の穴がいっぱいになりそうな土塊（どかい）は、少しずつ、慎重な注意をもって、ダンテスの室なり、ファリア司祭の室なり、そのいずれかの窓から棄てられた。1-17-13-39二人は、それを丹念に細かい粉にした。1-17-13-40そして、夜風がそれを遠くへ吹き払って、すこしも痕跡（こんせき）を残さなかった。1-17-13-41こうして、「のみ」、小刀（こがたな）、それに木製の「てこ」だけをたよりにした仕事をしているうち、一年を越える月日がたった。 1-17-13-42そのあいだ、仕事をする一方（いっぽう）、ファリアはダンテスのための教育を続け、或る時は、一つの国語で語りかけると思えば、また他の時はべつの国語で語りかけ、そして、諸々の国民や偉大な人物の業績、その後に、ところどころ光栄と呼ばれる、輝きわたった痕跡を残している歴史というものを教えてやった。1-17-13-43さらに、交際社会、しかも上流社会に人となった司祭は、その動作のうちに一種悲壮な崇高さをもっていたので、生まれつき同化の才能を持っていたダンテスは、それまで自分に欠けていた優雅な礼節、また高い階級の人々、優れた社会の人々との接触によってのみ得られる貴族的な身のこなしを、みごとわがものとした。

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引用者：2016/5/23　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会・必読書