１６（３）お名前を教えて

1-16-3-1老人（ろうじん）は、こうした問（と）いを発（はっ）しながら、テーブルを、窓の下まで引きずって行った。1-16-3-2そして、「この上にお乗り」とダンテスに言った。1-16-3-3ダンテスは言われるままにテーブルに乗り、相手の気持を察して壁に背をもたせ、両手をそのほうへ出した。1-16-3-4室の番号だけを教えた男、ダンテスはまだその名前さえ知らないその男は、まるで猫かとかげのようなしばしこさ、年とは思えぬ軽い身のこなしで、まずテーブルの上に飛びあがった。 1-16-3-5そして、テーブルからダンテスの手の上に、手の上からさらに肩の上へ飛びあがった。1-16-3-6牢の天井（てんじょう）は、立っていることをゆるさないため、男は体を二つ折れにして、鉄格子の第一列から頭を出した。1-16-3-7こうすれば下が見おろせた。1-16-3-8彼は、しばらくすると急に頭を引っこめた。1-16-3-9「おお、おお！おそらくこうだろうと思っていた」と、彼は言った。1-16-3-10そして、ダンテスの体にそってテーブルの上まで滑り下り、そこからさらに床（ゆか）の上に飛びおりた。 1-16-3-11「どうしました？」ダンテスは、不安そうにそばへ駆けよってたずねた。1-16-3-12老人は、考えこんだままだった。1-16-3-13「そうだ」と、老人は言った。1-16-3-14「あなたの室の四番目の壁は外の廊下へつづいている。1-16-3-15巡邏道（じゅんらどう）というようなもので、そこを巡邏兵が通り、歩哨（ほしょう）が番をしている」。1-16-3-16「たしかにそうですか？」。1-16-3-17「兵士の帽子と銃（じゅう）の先が見えた。1-16-3-18見つかってはならんと、急いで頭を引っこめたのだ」。1-16-3-19「で？」とダンテスが言った。1-16-3-20「このとおり、あなたの室からは逃げられん」。 1-16-3-21「で？」と、ダンテスは問いかけるように言葉をつづけた。1-16-3-22「これも神様の思召（おぼしめ）しだ」と、老人は言った。1-16-3-23顔の上には、深いあきらめの色が浮かんでいた。1-16-3-24ダンテスは、こうしたあきらめ、あれほど前からの望みを、まるで悟りを開いた人のように思いきりよく棄ててしまった老人を、賞讃をこめた驚きの眼を見はってながめていた。 1-16-3-25「ところで、あなたはいったいどなたですか、それを聞かせてくださいませんか？」と、ダンテスがたずねた。1-16-3-26「おお！お役にたてなくなってしまったいまでも、それを望むと言われるのだったら」。1-16-3-27「あなたはわたしにとっての慰めであり、力を与えて下さるお方です。あなたは、強い方のなかでも一番強い方であるように思われますから」。1-16-3-28老人は悲しそうに微笑した。

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引用者：2016/5/24　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会・必読書