１５（９）待つという希望

1-15-9-1「でも、どうかお見棄てにならないでください。1-15-9-2一人（ひとり）ぼっちにさせないでください。1-15-9-3そちらからお出かけくださいますでしょうか？1-15-9-4こちらから行ってもよろしいでしょうか？1-15-9-5そして、ごいっしょに逃げるのです。1-15-9-6逃げられないなら、ごいっしょにお話しをするのです。1-15-9-7あなたは御自分の愛しておいでの方（かた）のお話、わたしのほうは、わたしの愛している人たちの話。1-15-9-8あなたは愛しておいでの方をお持ちでしょう？」。1-15-9-9「わしはこの世に一人ぼっちだ」。 1-15-9-10「では、どうかわたしをお愛しください。1-15-9-11もしあなたがお若ければ、あなたにとってのお友だちになります。1-15-9-12もしもあなたがお年寄りなら、息子にさせていただきます。1-15-9-13このわたしには父があります。1-15-9-14生きていたらもう七十になりましょう。1-15-9-15わたしは、父と、それにメルセデスという一人の娘を愛していました。1-15-9-16父は、忘れずにいてくれるでしょう。1-15-9-17これはたしかだと思っています。1-15-9-18だが、彼女のほうは、はたしていまも思いつづけていてくれるかどうか、そこのところがわかりません。1-15-9-19わたしとしては、父を愛していたように、あなたをお愛しいたしましょう」。 1-15-9-20「よろしい」と、囚人は言った。1-15-9-21「では、またあすな」。1-15-9-22短い言葉ではあったけれど、そこにはダンテスを得心（とくしん）させるだけの調子（ちょうし）がこもっていた。1-15-9-23ダンテスは、その言葉に満足して起ちあがると、壁から掘り出した屑（くず）にこれまでと同じような注意を払ってから、ベッドを壁に押しやった。1-15-9-24このとき以来、ダンテスはまったく幸福な気持になれた。1-15-9-25これからは、たしかに一人ぼっちではなくなれたのだ。1-15-9-26それにおそらく、自由な体にもなれるかもしれない。1-15-9-27悪くいっても、囚人でいながら、友だちが持てるというわけだった。1-15-9-28たとい囚人の辛（つら）さにしても、二人だったら半分になるというわけなのだ。 1-15-9-29声を合わせて嘆くのだったら、それは、祈っているのと同じことだ。1-15-9-30二人で祈りをするのだったら、それはほとんど聞き入れられたも同じことだ。 （マタイによる福音書） 18-19また、よく言っておく。もしあなたがたのうちふたりが、どんな願い事についても地上で心を合わせるなら、天にいますわたしの父はそれをかなえて下さるであろう。18-20ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいるのである」。 1-15-9-31日（ひ）がな一日、ダンテスは、喜びに心を躍（おど）らせながら、牢のなかを行ったりきたり歩きまわった。1-15-9-32彼は、その喜びに、息づまるような気持だった。1-15-9-33彼は、手で胸を押さえながら、ベッドの上に腰をおろした。1-15-9-34なにか廊下に音がしたと思うと、彼はすぐに扉口のほうへ飛んで行った。1-15-9-35自分の知らない、それでいて友だちのように愛情の感じられるその人から別れなければなりはしまいか、そうした心配が一度か二度頭をかすめた、彼は、心に決していた。 1-15-9-36すなわち、もし獄丁（看守）がベッドを引き離し、穴を見つけようとこごみこみでもすることがあったら、水差の置いてある石だたみで、すぐに頭を打ち割ってやろう、と・・・・。1-15-9-37おそらく死刑になるだろう。1-15-9-38それはちゃんとわかっていた。1-15-9-39たといそうなったにしたところで、あのふしぎな物音によって危うく生（せい）へ引きもどされたとき、自分は倦怠（けんたい）と絶望とに悩まされて、まさに死のうとしていたではなかったか？1-15-9-40夕方、獄丁がやってきた。 1-15-9-41ダンテスはベッドの上にいた。1-15-9-42そうしたほうが、まだできあがらずにいる穴を守りやすいだろうと思ったから。1-15-9-43彼は、こうした小うるさい訪問者に、おそらく妙な眼つきでたいしていたにちがいなかった。1-15-9-44獄丁は彼に向かってこう言った。1-15-9-45「なんだ、また気が変になったのかね？」。1-15-9-46ダンテスはなんの返事もしなかった。1-15-9-47感動が言葉の末にあらわれ、気持を見すかされはしないかと恐れていたので。1-15-9-48獄丁は、頭をふりふり出て行った。 1-15-9-49夜になったとき、ダンテスは、暗としずけさを利用して、隣りの男が話しにきてくれるだろうと思っていた。1-15-9-50だが、それも思わくちがいに終ってしまった。1-15-9-51彼の熱望にたいして何ひとつ答えてくれる音もなく、夜はしずかに流れて行った。1-15-9-52だが翌日、朝の獄丁の訪れのあと、彼が壁からベッドを離そうとしたとき、規則正しい間隔（かんかく）をおいて、三（みっ）つ叩いている音が聞こえた。1-15-9-53彼は急いで跪（ひざまず）いた。 1-15-9-54「あなたですか？」と、ダンテスは言った。1-15-9-55「わたしです！」。1-15-9-56「獄丁はもう行ってしまったかな？」と、声がたずねた。1-15-9-57「ええ」と、ダンテスが答えた。1-15-9-58「あとは晩（ばん）でなければやってきません」。1-15-9-59十二時間の自由があります」。1-15-9-60「では、取りかかってもかまわないな？」と、声が言った。1-15-9-61「どうぞ。すぐにおやりになってください！」。1-15-9-62するとたちまち、ダンテスが穴のなかに半分体を入れ、両手をついていたあたりの土が、足もとに崩れてきたような感じだった。1-15-9-63彼は『ぐっ』と身を引いた。1-15-9-64と同時に、崩れた土や石の塊が、彼が掘った入口の下、ぽっかりと口をあいている穴のなかに、どかどか落ちこんで行くのが見えた。1-15-9-65と、その暗い、ほとんど深さもわからない穴の底から、頭、肩、やがて人間の姿全体が、いかにも敏捷（びんしょう）にあらわれた。

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引用者：2016/6/2　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会・必読書