１４（８）名前は３４号

1-14-8-1一方ダンテスにたいしては、検察官は約（やく）を守った。1-14-8-2典獄（てんごく：刑務所長の旧称）の室まで帰って行った彼は、収監者（しゅうかんしゃ）名簿（めいぼ）を出して見させた。1-14-8-3問題の囚人（しゅうじん）に関しては、次のように記（しる）されていた。 1-14-8-4エドモン・ダンテス「狂激なるボナパルト党員、皇帝エルバ島よりの帰還のため大いに力をいたしたるもの。1-14-8-5厳重（げんじゅう）なる監視（かんし）の下（もと）に極秘（ごくひ）に監禁（かんきん）のこと」。 1-14-8-6この記載は、他の部分とはちがった筆跡（ひっせき）、ちがったインキで書かれていた。1-14-8-7そのことから、これがダンテスの収監（しゅうかん）された後で書き加えられたものであることは明白（めいはく）だった。1-14-8-8罪状（ざいじょう）がきわめて明白である以上、これをくつがえす手段はあり得なかった。1-14-8-9そこで、検察官は、括弧（かっこ）の下（した）に、『赦免（しゃめん）の途（みち：あるいは、と）なし』と書き加えた。 1-14-8-10だが、ダンテスとしては、彼の訪問（ほうもん）によって力を吹きこまれたようなものだった。1-14-8-11牢にはいって以来（いらい）、日（ひ）を数えることを忘れていた彼にとって、検察官は一つの新しい『時を』与えてくれた。1-14-8-12ダンテスは、その時を忘れなかった。1-14-8-13彼は自分のうしろの壁の上に、天井（てんじょう）からはがし取った『しっくい』の一片（いっぺん）で１８６８年７月３０日と書きつけた。1-14-8-14その日以来、彼は毎日みぞを一つずつ掘っていって、時の計算を忘れないようにした。 1-14-8-15幾日（いくにち）かたった。1-14-8-16やがて週がたち、月がたった。1-14-8-17ダンテスはいつも待っていた。1-14-8-18彼は、自由にしてもらえるまでに、まず二週間という日を予定した。1-14-8-19あのときの半分だけの興味をもって自分のことを考えていてくれたとしても、検察官には二週間あったらじゅうぶんだろう、と考えた。 1-14-8-20さてその二週間がたってしまうと、彼は、検察官がパリに帰らないうちに自分のことを処理してくれるものと考えたのがまちがいだった、と思い返した。1-14-8-21そして、査察がすっかりすんでの上でなければパリへ帰るまい。1-14-8-22そして、査察は一ヶ月か二ヶ月かかるだろう。1-14-8-23そこで今度（こんど）は、二週間の代りに、心のなかで三ヶ月ときめた。1-14-8-24さてその三ヶ月がたってしまうと、さらに新しい別の理由を考えついた。1-14-8-25そして今度は六ヶ月と定めた。 1-14-8-26が、日に日をかぞえてその六ヶ月も過ぎてしまうと、十ヵ月半待ってしまったことに気がついた。1-14-8-27その十ヶ月のあいだ、牢獄のやりかたにはなんの変化も見られなかった。1-14-8-28慰めてもらえるようななんの報道ももたらされなかった。 1-14-8-29たずねてみても、獄丁は例によって口を閉じて語らなかった。1-14-8-30ダンテスは、自分の感覚を疑いはじめた。1-14-8-31自分がいままで思い出と思っていたところのものも、じつは、頭のなかの幻覚（げんかく）に過ぎなかったではなかったろうか、牢に姿をあらわしたあの慰（なぐさ）めの天使（てんし）にしても、それはただ夢の翼（よく）に乗っておりてきたものにすぎなかったのではないだろうかと思いはじめた。 1-14-8-32それから一年の後（のち）、典獄が替（かわ）った。1-14-8-33ハム要塞（ようさい）の典獄に転任（てんにん）したのだ。1-14-8-34彼は、部下（ぶか）の者を大ぜい、しかもそのなかにはダンテス係りの獄丁をも加えてつれて行ってしまった。1-14-8-35新しい典獄がきた。1-14-8-36一々（いちいち）囚人の名前を覚えるのを面倒（めんどう）だと思ったのか、彼は番号を呼ばせることにした。1-14-8-37この怖ろしい家具（かぐ）附（つ）きホテルのなかには、およそ五十ばかりの室があった。1-14-8-38そこに住む者は、すべて自分の室の番号によって呼ばれることになった。1-14-8-39そして、わが不幸な青年は、自分の名のエドモン、自分の姓のダンテスの代りに、たんに三十四号と呼ばれることになった。

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引用者：2016/7/2　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会・必読書