１４（３）たった１７ヶ月

1-14-3-1「食べ物はいいかね？」と、検察官がたずねた。1-14-3-2「ええ、いいと思います、わたしにはわかりませんが。それは大したことではありません。1-14-3-3大切（たいせつ）なのは、不幸な囚人であるわたしのためだけではなく、裁判に関係のあるあらゆるお役人方、また同時に、わたしどもを治めておいでの王さまのおためであると思うのですが、罪のない一人の男を汚（けが）らわしい告訴（こくそ）の犠牲（ぎせい）にさせ、自分を苦しめるものを呪いながら獄中（ごくちゅう）でもだえ死なせてはならないということです」。 1-14-3-4「今日はだいぶおとなしいですな」と、典獄が言った。1-14-3-5「いつもこうとはいきませんので。1-14-3-6なあ、いつだか番人を打ち殺そうとしたときの口のききかたは、だいぶ今日（きょう）とはちがっていたな」。1-14-3-7「そうでした」と、ダンテスは言った。1-14-3-8「この人には心から侘（わ）びを言いましょう。1-14-3-9いつも親切にしてくれました・・・・が、なんとも仕方（しかた）がなかったんです。1-14-3-10わたしは気違いのようになっていました、わたしはたけりたっていました。 1-14-3-11「いまはもう大丈夫（だいじょうぶ）かね？」。1-14-3-12「大丈夫です。でも、囚人生活にめちゃくちゃにされてしまいました・・・・あまり長いことこんなところに入れられていたのですから！」。1-14-3-13「あまり長く、と？・・・・では君はいつごろ逮捕されたのかね？」と、検察官がたずねた。1-14-3-14「１８１５年２月２８日、午後２時です」。1-14-3-15検察官は数えてみた。1-14-3-16「今日（きょう）は１８１６年７月３０日だ。1-14-3-17何を言っている？1-14-3-18君はまだここに入れられてから１７ヶ月にしかならないじゃないか」。 1-14-3-19「１７ヶ月にしかならない！」と、ダンテスが言った。1-14-3-20「ああ、あなたは牢獄（ろうごく）生活（せいかつ）の１７ヶ月というものを御存じないのです。1-14-3-21十七年です。1-14-3-22十七世紀です。1-14-3-23わたしのように、まさに幸福に手がとどこうとしていた男、わたしのように愛する女とまさに結婚しようとしていた男、目の前に輝かしい生涯（しょうがい）がひらけようとしていた男にとって、すべては一瞬にして消えてしまいました。1-14-3-24晴れわたった昼間（ひるま）から、たちまち深い闇（やみ）のなかに突き落とされてしまい、自分の生涯はめちゃくちゃにされ、自分を愛していた女がはたして今もなお自分を愛していてくれるかどうか、また年とった父親が生きているかどうか、それさえ教（おし）えられないでいるのです。 1-14-3-25潮風（しおかぜ）に、船乗りの自由な生活に、空間に、ひろさに、無限（むげん）というものに馴（な）れていた男にとっての１７ヶ月の牢獄生活！こうした１７ヶ月の牢獄生活は、人の言葉で言いあらわせるかぎりのもっとも兇悪（きょうあく）な犯罪（はんざい）にたいしてさえ、なお長すぎると思われます。1-14-3-26御同情（ごどうじょう）ください。1-14-3-27わたしはわたしのために寛大（かんだい）をお願いするのではありません、正しいことをお願いするのです。 1-14-3-28恩典（おんてん）ではありません、裁判（さいばん）を願うのです。1-14-3-29わたしはただ、裁判官に会わしていただきたいのです。1-14-3-30被告（ひこく）にたいして裁判官をおこばみになることはできますまい」。 1-14-3-31「よろしい」と、検察官は言った。1-14-3-32「考えておこう」。1-14-3-33そう言いながら典獄のほうをふり返って、「じつのところ気の毒に思われるな。1-14-3-34上へ行ってから、この男の収監者（しゅうかんしゃ）名簿（めいぼ）を見せてもらおう」。1-14-3-35「かしこまりました」と、典獄が言った。1-14-3-36「だが、この男については恐るべき事実（じじつ）が記（しる）してあるのでございます」。 1-14-3-37「あなた、」と、ダンテスはつづけて言った。1-14-3-38「あなたお一人のお考えで出していただけないことはわかっております。1-14-3-39しかし、あなたはわたしの願いをその筋（すじ）にお伝えくださることがおできでしょう。1-14-3-40調査（ちょうさ）させてくださることがおできでしょう。1-14-3-41そして、わたしを裁判にかけさせてくださることがおできでしょう。1-14-3-42わたしの願いは裁判だけです。1-14-3-43わたしは、自分がどういう罪を犯したのか、どういう刑（けい）に処（しょ）せられているのか、それが知りたいのです。1-14-3-44なぜといって、あいまいということは、あらゆる苦痛（くつう）のうちで、もっともつらいことなのですから」。 1-14-3-45「『あかり』を」と、検察官は言った。1-14-3-46「あなた、」と、ダンテスは叫んだ。1-14-3-47「お声の音色（ねいろ）で、あなたが御同情くだすっておいでのことがわかります。1-14-3-48あなた、希望をもてとおっしゃってください」。1-14-3-49「それは言えない」と、検察官は答えた。1-14-3-50「ただ君についての記録を調べることだけは約束（やくそく）しよう」。1-14-3-51「おお！それならわたしは自由になれます、わたしは救われます」。

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引用者：2016/6/30　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会・必読書