１３（５）ルネ嬢との結婚

1-13-5-1一方（いっぽう）ビルフォールは、その嘆願書をパリへ向けて送る代りに、それを大切に自分の手もとにしまっておいた。1-13-5-2目下（もっか）のヨーロッパの情勢なり事件の動きなどから察するとき、すなわち、第二王政復古が近きにありということが考えられている以上、この嘆願書は、ダンテス一人を救うために、将来における自分自身を、まったく危険な位置にさらすことになるのだった。1-13-5-3こうしたわけで、ダンテスは引き続き獄に繋（つな）がれていた。 1-13-5-4獄房の底に忘れられた彼は、ルイ十八世が王位から墜落（ついらく）したあの怖ろしいひびきも聞かなかったし、それよりもさらに恐ろしい帝国（ていこく）崩壊（ほうかい）の響きも聞かなかった。1-13-5-5だが、ビルフォールは、すべての経過にたいして、その俊敏（しゅんびん）な目をみはり、その注意（ちゅうい）深い耳を澄ましていた。1-13-5-6「百日政治（サン・ジュール）」と呼ばれるあの短い帝政時代の間、モレルは二度までも出かけて、ダンテスの釈放（しゃくほう）を懇願（こんがん）した。1-13-5-7だが、その度（たび）ごとに、ビルフォールは、約束したり希望を持たせたりしてなだめて帰した。 1-13-5-8やがてワーテルローの戦（すなわちナポレオンの没落）がやってきた。1-13-5-9モレルは、それきりビルフォールのところにあらわれなかった。1-13-5-10彼は、ダンテスのため、人間としてでき得（う）るかぎりのことをつくしてやった。1-13-5-11だが、いまや第二王政復古の世になって、さらに改めて奔走（ほんそう）をつづけることは、いたずらに自分を危険にさらすことにほかならなかった。1-13-5-12ルイ十八世はふたたび王位にのぼった。 1-13-5-13マルセイユの思い出を深い悔恨（かいこん）の種（たね）と思っていたビルフォールは、自分から進んで、トウルーズに空席（くうせき）のあった検事の地位を手に入れた。1-13-5-14彼は、任地（にんち）に着いて二週間ののち、ルネ・ド･サン･メラン嬢（じょう）と結婚した。1-13-5-15夫人の父は、宮廷の御覚（おんおぼ）え、前にもましてめでたかったというわけだった。 1-13-5-16こうしてダンテスは、百日政治とワーテルローとの間、人からはいざ知らず、少なくも神からは忘れられ、獄中に呻吟（しんぎん：苦しみうめくこと）しつづけなければならなかった。 1-13-5-17ナポレオンがフランスに帰るのを見たダングラールは、自分のダンテスに与えた一撃が、どれほどの意味をもってくるだろうかを見て取った。1-13-5-18彼の告訴（こくそ）は、まさに事実を衝（つ）いていたのだった。1-13-5-19そして、悪事（あくじ）にかけては相当な腕を持っていながら、普通の生活についてあまり頭の働かなかった彼は、この不思議な偶然の一致（いっち）をもってただ《主の思召し（おぼしめし）》と呼んでいた。 1-13-5-20だが、ナポレオンがパリに帰ってきたとき、そしてその声が堂々として力強く響きわたるのを聞いたとき、ダングラールはなんだか空恐（そらおそ）ろしくなってきた。1-13-5-21彼は絶えず、あのダンテス、すべてを知っているダンテス、あらゆる復讐にかけて力づよく恐ろしいダンテスのあらわれてくることを考えていた。1-13-5-22そこで彼は、モレル氏に向（む）かって海上（かいじょう）勤務（きんむ）をやめたいということを申し出た。 1-13-5-23そして、モレル氏の紹介で、或（あ）るスペインの商人（しょうにん）に会い、三月の終りに近く、すなわちナポレオンがチュイルリー宮殿に帰って十日（とおか）乃至（ないし）十二日（じゅうににち）の後に、注文（ちゅうもん）取りとしてその店につとめることにした。1-13-5-24そして、マドリッドへ行ってからは、そのまま消息（しょうそく）を断（た）ってしまった。

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引用者：2016/6/28　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会・必読書