１３（４）モレル氏筆の嘆願書

1-13-4-1どんなに悪意（あくい）を信じようとしても、これほどの親切（しんせつ）らしさを見せられては、おそらく、はぐらかされずにはいられなかったろう。1-13-4-2いわんやモレルは、いささかの疑いさえも抱（いだ）いていなかったわけだから。1-13-4-3「ではビルフォールさん、」と、彼は言った。1-13-4-4「ダンテスを早く帰ってこさせるには、どうしたらいいとお考えです？」。1-13-4-5「だだ一つ。1-13-4-6司法（しほう）大臣（だいじん）に嘆願書（たんがんしょ）をお出しになればいいですよ」。1-13-4-7「嘆願書のことならじゅうぶん知っております。1-13-4-8大臣は日（ひ）に二百通（にひゃくつう）も受けとって、そのなかの四本も読まれないというわけですから」。 1-13-4-9「そう、」と、ビルフォールは言った。1-13-4-10「だが、わたしの手から出たもので、わたしが添書（そえが）きをつけた、直接わたしから送られた嘆願書だったら、たしかに読んで下（くだ）さいますとも」。1-13-4-11「では、そういう嘆願書をとどけることをおひき受けいただけましょうか」。1-13-4-12「喜んで。1-13-4-13ダンテス君はあの時有罪（ゆうざい）でした。1-13-4-14だが、いまは無罪（むざい）です。1-13-4-15自分が義務として投獄（とうごく）したものを、自由（じゆう）にしてやること、それもまた自分の義務にちがいありません」。 1-13-4-16こうしてビルフォールは、まさかとは思いながら、ひょっとするとやられかねない調査、万一（まんいち）そういうことをされたら自分がまったく窮地（きゅうち）に陥（おちい）りかねない調査をせないため、うまく先手を打ったのだった。1-13-4-17「ところで、大臣にたいして、どういうふうに認めたらよいのでしょう？」。1-13-4-18「さ、お掛（か）けください、モレルさん」と、ビルフォールは、自分がいままで坐っていた席（せき）を船主に譲（ゆず）りながら言った。1-13-4-19「わたしが、お書きになる文句（もんく）を言いましょう」。 1-13-4-20「そうしていただけますか？」。1-13-4-21「もちろん、時をうつさずやりましょう。1-13-4-22すでにだいぶ時をむだにしましたから」。1-13-4-23「そうなのです。1-13-4-24あの男のことを考えてやらなければ。1-13-4-25ずいぶん待ちくたびれ、苦しい思いをしながら、おそらく絶望していることでしょうから」。1-13-4-26ビルフォールは、その囚人が、沈黙（ちんもく）と暗黒（あんこく）のなかで、自分を呪っているであろうことを考えて『ぞっ』とした。1-13-4-27だが、ここまで踏みこんだ今となって、引き下がるわけにもいかなかった。1-13-4-28ダンテスは、まさに彼の野心（やしん）の歯車（はぐるま）にかまれ、押し砕（くだ）かれようとしているのだった。 1-13-4-29「お待ち申しております」と、船主は、ビルフォールの椅子（いす）に腰をかけ、手にペンを持ちながら言った。1-13-4-30ビルフォールは嘆願（たんがん）の筋（すじ）を書きとらせた。1-13-4-31そこにはもちろん、りっぱな動機（どうき）からのダンテスの愛国（あいこく）の至情（しじょう）、ボナパルトのためにつくした功労の数々などが誇張（こちょう）して並べ立てられていた。1-13-4-32嘆願書のなかでのダンテスは、ナポレオンの復位（ふくい）にもっとも働いたものの一人とされていた。1-13-4-33こうした嘆願書を受け取ったとして、もしそれまでに償（つぐな）いがされていなかった場合、大臣が即座（そくざ）に明断（めいだん）をくだすであろうことは火を見るよりも明らかだった。 ---この嘆願書がナポレオンの王宮に届かなかった場合、１００日後のナポレオンの再没落と共に、それはダンテスの決定的な罪状に変化する。ナポレオンの帰還に対する多大な功績は、ボナパルト党のモレル氏によって書かれたものであり、ビルフォールは添え書きしただけだから、その罪状の信憑性は疑いようもなくなる。そしてビルフォールは無傷で済む。 1-13-4-34嘆願書が書かれると、ビルフォールはそれを高い声で読み上げてから、1-13-4-35「けっこう」と、言った。1-13-4-36「この上はわたしにすっかりおまかせください」。1-13-4-37「嘆願書はすぐに出していただけましょうか？」。1-13-4-38「今日（きょう）すぐに出しましょう」。1-13-4-39「あなたの添書（てんしょ）もいただけましょうな？」。1-13-4-40「わたしとしての一番りっぱな添書は、つまりあなたが今この中にお書きのことのすべてが真実（しんじつ）である、と証明（しょうめい）することです」。1-13-4-41こう言いながら、今度（こんど）は自分が腰をかけて、嘆願書の片隅（かたすみ）に自分の証明を書き加えた。 1-13-4-42「さて、これからいったいどうしたらいいのでしょう？」と、モレルがたずねた。1-13-4-43「待っておいでになるのですな」と、ビルフォールが答えた。1-13-4-44「わたしがすっかり責任（せきにん）を持（も）ちます」。1-13-4-45この保証は、モレルの心に希望を吹きこんだ。1-13-4-46彼はひどく喜んで検事代理の邸（てい）を出た。1-13-4-47そしてダンテスの老父のところへ出かけて行って、倅（せがれ）の顔が見られるのもさして遠いことではあるまいと知らせてやった。

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引用者：2016/6/26　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会・必読書