１１（７）宿の訪問者

1-11-7-1一台の馬車が河岸（かし）を通りかかるのを見て、ビルフォールは合図（あいず）をした。1-11-7-2そして、行先（いきさき）を言ったあとで、馬車の奥に身を沈め、大望（たいもう）の夢をそれからそれへと思い描いた。1-11-7-3十分（じゅっぷん）の後、彼は宿へ帰り着いた。1-11-7-4彼は、二時間後に馬車を仕立てるように申しつけ、それから昼食を命じた。1-11-7-5ちょうど食卓（しょくたく）につこうとしていたとき、ベルがあらあらしく鳴りわたった。 1-11-7-6召使（めしつかい）が扉を開けに出てゆくと、ビルフォールは自分の名の言われるのを耳にした。1-11-7-7「おれのここにきていることを誰が知っているのだろう？」と、ビルフォールは考えた。1-11-7-8ちょうどそのとき、召使がもどって来た。1-11-7-9「どうした？」と、ビルフォールが言った。1-11-7-10「どうしたんだ？鳴らしたのは誰だった？1-11-7-11誰が会いにきたんだ？」。 1-11-7-12「お名前はおっしゃいません。存（ぞん）じあげない方でございます」。1-11-7-13「なに！知らない人で名を言わない？1-11-7-14で、なんの用があると言うんだ？」。1-11-7-15「お目にかかりたいとおっしゃいますので」。1-11-7-16「おれに？」。1-11-7-17「さようでございます」。1-11-7-18「おれの名前を言ってたのか？」。1-11-7-19「ちゃんと」。1-11-7-20「どんなようすの人だ？」。 1-11-7-21「それが、五十かっこうの方でございます」。1-11-7-22「小柄（こがら）な人か、大柄（おおがら）な人か？」。1-11-7-23「旦那（だんな）さまぐらいで」。1-11-7-24髪（かみ）は褐色（かっしょく）かブロンドか？」。1-11-7-25「褐色でございます。1-11-7-26とても濃（こ）い褐色でございます。1-11-7-27髪も、目も、眉毛（まゆげ）も黒々とした方でございます」。1-11-7-28「で服装は、」とビルフォールは勢いこんでたずねた。1-11-7-29「どんな着物を着ていた？」。1-11-7-30「上から下までボタンのかかる青い大きなフロックコートでございます。1-11-7-31レジオン・ドヌール勲章をつけておいでになります」。1-11-7-32「あれだ」と、ビルフォールは顔色を変えながらつぶやいた。 1-11-7-33「なんたるこった！」こう言いながら、いままで二度までもその人相（にんそう）の言われた当（とう）の本人（ほんにん）が、戸口（とぐち）に姿をあらわした。1-11-7-34「やかましいことだのう。1-11-7-35父親（ちちおや）を待たせるなんて、マルセイユでのならわしかな」。1-11-7-36「お父さん！」と、ビルフォールは叫んだ。1-11-7-37「やっぱりそうだった・・・・たしかにあなただろうと思っていました」。1-11-7-38「わしだということに気がついていながら、」と、はいって来た人は片隅（かたすみ）に杖（つえ）を置き、椅子（いす）の上に帽子（ぼうし）を置きながら言った。1-11-7-39「あんなに待たせるなんて、正直（しょうじき）なところあまり親切（しんせつ）とは言われんな」。1-11-7-40「さがってよろしい、ジェルマン」と、ビルフォールが言った。1-11-7-41召使は、驚きの色をありあり見せながら出て行った。

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引用者：2016/6/12　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会・必読書