１１（５）試練の連発

1-11-5-1「幸いなことに、陛下、」と、ブラスカ氏が言った。1-11-5-2「軍隊はりっぱに信頼いたせます。1-11-5-3御承知のとおり、あらゆる報告は、いかに軍隊がわが政府に忠実であるかを語っております」。1-11-5-4「もう報告の話はやめてもらおうか。1-11-5-5侯爵（こうしゃく：もと五等爵（公・候・伯・子・男）の第二位）、今度（こんど）という今度、報告がどれほど信用できるものかをはっきり思い知らされたわけだから。 1-11-5-6や、ところで報告といえば侯爵、あのサン・ジャーク町の事件について何か新しい手がかりはなかったかね？」。1-11-5-7「サン・ジャーク町の事件！」ビルフォールは、思わず声をたてずにはいられなかった。 1-11-5-8が、たちまちその声を押しころして、「おゆるしください、陛下」と、彼は言った。1-11-5-9「陛下のおん身を思いつめるあまり、陛下にたいする尊敬、ではございません、尊敬の気持はあまりにも深く胸に刻まれておりますが、いつも礼儀作法ということを忘れまして」。1-11-5-10「遠慮は無用だ」と、ルイ十八世は答えた。1-11-5-11「君には今日、質問する権利を持っているのだから」。 1-11-5-12「陛下、」と、総監は言った。1-11-5-13「じつは、陛下の御注意が、あのジュアン湾での驚くべきできごとに向いておりましたとき、わたくしは例の事件について新しい御報告をお耳に入れたいと存じてまいりました。1-11-5-14しかし、その御報告もいまはなんの御興味にも値しないと存じますが」。1-11-5-15そんなことはない。そんなことはない」と、ルイ十八世は言った。1-11-5-16「わたしにはどうも例の事件が、いま問題になっているできごとと直接関係があるように思われるのだ。1-11-5-17そしてケネル将軍の死は、おそらく国内の大きな陰謀を発見させてくれるにちがいないと思っている」。 1-11-5-18ケネル将軍という名を聞いて、ビルフォールはふるえあがった。1-11-5-19「ごもっともでございます」と、総監は答えた。1-11-5-20「あらゆる事情から考えまして、将軍の死は最初考えておりましたように自殺でなく、暗殺によるもののようでございます。1-11-5-21ケネル将軍が姿を消しましたのは、どうやらボナパルト・クラブから出てまいったときらしく思われます。1-11-5-22その日の朝、誰やらわからぬ男が将軍のところへ出向きまして、サン・ジャーク町で会う約束をいたしました。 1-11-5-23残念なことには、その見知らぬ男が室へはいってまいりましたとき、ちょうど将軍の髪に手入れをしておりました室づきの下僕（げぼく）は、サン・ジャーク町とだけは耳にとめましたが、番地を聞きのがしたのでございます」。1-11-5-24総監の口から、こうした報告がルイ十八世にされるにつれて、その口もとに引きつけられたようになっていたビルフォールの顔は、まず赤く燃え、やがて青く変わった。 1-11-5-25王は彼のほうを振り向いた。1-11-5-26「どうだね。君もわたしと同意見ではないかな、ビルフォール君。1-11-5-27ボナパルト方（がた）と思われていたケネル将軍は、じつはわたしの味方（みかた）だったというので、ボナパルト党の暗殺の犠牲になったものとは考えられないかね？」。 1-11-5-28「そのように思われます」と、ビルフォールは言った。1-11-5-29しかし、それ以上には何もわかっていないのでございましょうか？」。1-11-5-30「待ち合わせ約束した男については手がかりがあります」。1-11-5-31「てがかりが？」と、ビルフォールはくり返した。1-11-5-32「そうです。1-11-5-33下僕がその人相（にんそう）を申したてました。1-11-5-34年（とし）のころ五十から五十二、髪は褐色（かっしょく）、太い眉毛（まゆげ）にかくれた目は黒く、それに髭（ひげ）がありました。1-11-5-35青いフロックコートを着て、ぼたんの穴にはレジオン・ドヌールの勲士（くんし：オフィシェ）の略綬（りゃくじゅ：ロゼット）をつけていました。1-11-5-36ところが、昨日（きのう）ちょうどいまお話しした人相（にんそう）にぴったりの男の跡をつけました。1-11-5-37ところが、ジュシェンヌ町とコック・エロン町の角（かど）のところで見失ってしまったのです」。 1-11-5-38ビルフォールは、安楽椅子（あんらく・いす）の背によりかかっていた。1-11-5-39というのは、総監が語るにつれて、脚（あし）がぐらぐらしてきそうに思われたから。1-11-5-40だが、その見知らぬ男が、跡（あと）をつける警官の手をのがれたと聞いたとき、彼はホッとひと息ついた。1-11-5-41「その男を探し出すのだ」と、王は総監に言った。1-11-5-42「なぜかといえば、目下（もっか）われらにとってきわめて必要なあのケネル将軍が、事実、信じられているように暗殺されたものとすれば、それがボナパルト党員であろうがなかろうが、そんなことは問題ではない。わたしは犯人を峻烈（しゅんれつ）に処罰してやりたいと思うから」。 1-11-5-43ビルフォールは、この王の命令を聞いてはっとした気持を外（そと）にあらわさないため、できるだけ冷静（れいせい）を装（よそお）わなければならなかった。1-11-5-44「どうもわからん！」と、王は不興（ふきょう）げに言葉をつづけた。1-11-5-45「『殺人事件があった』こう言っただけで、警察は言うべきことをすべて言い尽くしたと思っている。1-11-5-46そして『手がかりがついた』こう言っただけで、なすべきことをすべてなした思っている」。1-11-5-47「陛下、少なくともこの件につきましては、御満足のまいるようにいたそうと思っております」。 1-11-5-48「けっこう。たのしみにしている、男爵。1-11-5-49これ以上君（きみ）をお引き止めしない。1-11-5-50ビルフォール君、長旅（ながたび）でお疲れのことだろう、行ってやすみたまえ。1-11-5-51ところで、君はたぶんお父（とう）さんのところに泊まるのだろうな？」。

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引用者：2016/6/12　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会・必読書