１１（４）王の感慨

1-11-4-1「倒れる、」と、王は、いま王政が直面（ちょくめん）しているこの深淵（しんえん）を一目（ひとめ）で見てとって言葉をつづけた。1-11-4-2「倒れる、しかもその没落（ぼつらく）のことを電報（でんぽう）で知らされるとは！1-11-4-3ああ！世間（せけん）のもの笑いになりながら、こんなふうにして王宮（おうきゅう）の階段をおりるよりは。1-11-4-4むしろ兄ルイ十六世のように断頭台（だんとうだい）に上（のぼ）ったほうがどれほどいいかわからないのだ・・・・世間のもの笑いになる。1-11-4-5君（きみ）がたは、それがフランスでなにを意味するかを知ってはいまい。1-11-4-6だが、それを知っているべきなのだ」。 1-11-4-7「陛下（へいか）、陛下、」と総監が言った。1-11-4-8「おゆるしください・・・・」。 1-11-4-9「こちらへきたまえ、ビルフォール君」と、王はビルフォールに向かって言葉をつづけた。1-11-4-10彼は、身動きもせず、後のほうに立ったまま、いまや一国（いっこく）のうんめいがそのなかに揺れているこの会話の動きに注意していた。1-11-4-11「こちらへきたまえ。1-11-4-12そして、この人にわからなかったことが、どうして君に前もってわかったか、それを教えてあげてくれたまえ」。 1-11-4-13「陛下、あの男が秘し隠しにかくしていた計画、それを前もって嗅（か）ぎつけることなど、絶対不可能でございました」。 1-11-4-14「絶対不可能だと！1-11-4-15そう、それは大業（たいぎょう）に過ぎた言葉というべきだな。1-11-4-16不幸にして、世には大人物（だいじんぶつ）というものがあるように、また大に過ぎた言葉というものがある。1-11-4-17わしにはちゃんとわかっていたのだ。 1-11-4-18一つの機関を有し、役所や部下や密偵（みってい）や間諜（かんちょう：スパイのこと）や機密費（きみつひ）の百五十万フランも持っている総監が、フランスの海岸を距（へだて）る六十里（ろくじゅうり：約２４０Km）のところになにが起こったか、それを知ることが絶対に不可能だったと言うのだな。1-11-4-19よろしい、見たまえ、ここにいるこの人は、なんらの手段をも持っていない。1-11-4-20ただ一個の司法官に過ぎないのだ。 ---１５０万フラン＝1,500,000X1,000円＝１５億円 1-11-4-21その人にして、しかもあらゆる警察力を握っている君にもまして知ることができたのだ。1-11-4-22そして、君のように電信を用いる権能があったら、おそらく王位までも救ってくれたにちがいないのだ」。 1-11-4-23深い恨みの色をたたえた総監の目は、ビルフォールの方へふり向けられた。1-11-4-24ビルフォールは、勝ち誇った謙虚さをもって頭をさげた。1-11-4-25「これはブラスカ君（くん）、君（きみ）に言っているのではない」と、ルイ十八世は言葉をつづけた。1-11-4-26「君はたとい何ごとをもかぎ出さなかったにしても、君は良く君の疑いをもちつづけておいでだった。1-11-4-27余人（よじん）だったらおそらくビルフォール君の報告を取るにも足らないもの、或いはまた金銭上の野心（やしん）によるものぐらいに片づけてしまったことだろう」。 1-11-4-28これは、つい一時間前、警視総監があれほど自信いっぱいな調子で言った言葉にたいしてのあてこすりだった。 1-11-4-29ビルフォールは、王のいたずら心を見てとった。1-11-4-30他の者だったら、この推賞のことばに我を忘れてしまったにちがいない。1-11-4-31だが彼は、たとい総監の確定的な失脚（しっきゃく）がわかっていたにしても、総監を終生（しゅうせい）の敵とすることを恐れていた。1-11-4-32すなわち総監は、たといその十全（じゅうぜん：すべてがそろって完全なさま）な権力をもってナポレオンの秘密を察知することができなかったにしても、その断末魔（だんまつま：死にぎわ）のあがきから、ビルフォールの秘密を見破（みやぶ）らないものとは言われなかった。1-11-4-33そのためには、ダンテスを訊問（じんもん）しさえすればたりるのだった。1-11-4-34そう考えた彼は、総監を窮地（きゅうち）に陥（おとしい）れるかわりに、その人に向かって救いの手を差しのべることにした。 1-11-4-35「陛下、」と、ビルフォールは言った。1-11-4-36「事件の急速な進み方から考えまして、こうした嵐を捲（ま）き起こしておいてそれを防ぎ得るものは、神さまを措（お）いてなかったように思われます。1-11-4-37陛下が、わたくしの目がきいていたとお考えになりますことも、じつはほんの偶然のおかげだったに過ぎません。1-11-4-38わたくしといたしましては、その偶然を、一個忠良（ちゅうりょう）な臣民（しんみん）としてつかんだまででございます。1-11-4-39どうかわたくしを値打（ねうち）以上にお考えくださいませんよう。1-11-4-40あとになって、また元々どおりのわたくしだったとお思い返しになりませんよう」。 1-11-4-41総監は、その目を雄弁（ゆうべん）に語らせながら、青年（せいねん）に感謝の心をあらわした。1-11-4-42ビルフォールは、わが事（こと）成れりと考えた。1-11-4-43すなわち彼は、いっぽう、王の感謝を取り逃がすことなく、他方には、万一の場合（ばあい）頼りになる男を友人にもつことができたのだった。1-11-4-44「よしよし」と、王は言った。1-11-4-45そして、「そこで諸君、」と、ブラスカ氏と総監のほうを向き直りながら、「もう用がないから引きさがってくれてよろしい。1-11-4-46これからは陸軍（りくぐん）大臣（だいじん）の管轄（かんかつ）なのだ」。

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引用者：2016/6/12　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会・必読書