１１（３）テレグラフの威力

1-11-3-1「陛下、わかっておりません」と、総監が言った。1-11-3-2「なに、わからない？1-11-3-3こうした事情を、君は取り調べるのを忘れたのか？1-11-3-4なるほどな、どうせ大したことではなかったからな」。1-11-3-5王は、辛辣（しんらつ）な微笑を浮かべながらそうつけ加えた。1-11-3-6「陛下、調べようがなかったのでございます。1-11-3-7公文（こうぶん）には、ただ彼が上陸した報知（ほうち）と、彼が取った道筋だけしか書いてなかったのでございます」。 1-11-3-8「だが、その公文は、どういうふうにして君の手もとにとどいたのだね？」と、王がたずねた。1-11-3-9総監は頭をさげた。1-11-3-10そして、額（ひたい）の上には、鮮やかに赤面（せきめん）の色が拡がった。1-11-3-11「テレグラフ（電信のこと）によったのでございます」と、彼は口の中で答えた。1-11-3-12ルイ十八世は一歩（いっぽ）前に進み出て、ナポレオンがするように腕組みをした。 1-11-3-13「そうだ」と、王は憤怒に色青（いろあお）ざめながら言った。1-11-3-14「七カ国の軍が力を合わせてあの男を打ち倒した。1-11-3-15わたしは、二十五年のさすらいののちに、天の奇蹟によってふたたび父祖の位につくことができた。1-11-3-16その二十五年のあいだというのも、わたしはいずれはわが物となるべきこのフランスの人民なり事物（じぶつ）なりを研究し、調査し、仔細（しさい）に分析した。1-11-3-17しかも、わが望みがはじめて成（な）ったというときに、現在わが手に握っていた力はたちまち破れ、このわたしを打ち砕いてしまおうとしている！」。 1-11-3-18「陛下、天命（てんめい）でございます」。1-11-3-19総監は、こうした打撃が、たとい運命の前には取るにたらぬものであろうと、それがなお人（ひと）ひとりを打ち砕くにっはじゅうぶんであることを思いながら、そうつぶやいた。 1-11-3-20「なに一（ひと）つ学ぶことなく、ただ過去に恋々（れんれん）たり、とわれらの敵（ナポレオンのこと）がわたしについて言っていたことはやはり当たっていたわけか？ 1-11-3-21これが、あの男のように、人に裏切られたのならがまんもできよう。1-11-3-22ところがどうだ、わたしによって顕職（けんしょく：地位の高い官職、高官のこと）に引き上げられた人たち、わたしのことを自分たちよりもっと大切（たいせつ）にしてくれなければならないような人たち、 このわたしの運命がとりもなおさずその人たちの運命であり、 わたしなくして彼らなく、 わたしの後に彼らなしというような人たちのあいだにいて、 しかも無能と無気力のおかげで、 こうしてみじめに滅びてゆくとは！ 1-11-3-23おお、そうだ。1-11-3-24君の言われるとおりにちがいはない。1-11-3-25これはたしかに天命だろうよ」。 1-11-3-26こうした恐ろしい呪いの言葉を聞かされながら、総監はじっとうつむいていた。1-11-3-27ブラスカ氏は額に流れる汗を拭いていた。1-11-3-28ビルフォールは心に微笑を浮かべた。1-11-3-29彼はまさに、自分に千鈞（せんきん）の重みがつけ加わったような気持だった。

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引用者：2016/6/8　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
ささくら修道会・必読書