１（３）エルバ島(とう)の主(あるじ)

1-1-3-1「じつは一つ聞きたいことがあってね。1-1-3-2君は、なぜエルバ島に停船（ていせん）したんだ？」。1-1-3-3「存じません。1-1-3-4それは船長の最後の命令を果たすためでした。1-1-3-5船長はおなくなりになる際（さい）、わたしにベルトラン大元帥（だいげんすい）宛ての包を一つお預けになりました」。1-1-3-6「でお会いしたのか？」。1-1-3-7「どなたにです？」。1-1-3-8「大元帥に？」。1-1-3-9「ええ」。1-1-3-10モレルはあたりを見まわした。1-1-3-11そして、ダンテスの袖（そで）を引いて、「陛下（ナポレオンのこと）はどうしていらっしゃる？」と、勢いこんでたずねた。1-1-3-12「お達者（たっしゃ）です。1-1-3-13わたしの見る眼にちがいがなかったといたしましたら」。 1-1-3-14「では、陛下にもお目にかかったんだな？」。1-1-3-15「わたしが元帥のところにおりますと、、そこへはいっておいでになりました」。1-1-3-16「そして何かお話し申しあげたか？」。1-1-3-17「陛下のほうからお言葉をくださいました」と、ダンテスは微笑（びしょう：ほほえみ）を浮かべながら答えた。1-1-3-18「なんとおっしゃった？」。1-1-3-19「船のことや、船がいつマルセイユを出たかということ、いままで通って来た路（みち）のこと、のせている貨物のこと、いろいろおたずねになりました。1-1-3-20もしも船が『から』で、わたしが船の持ち主だったら、どうやら船をお求めになりたいようなごようすでした。 1-1-3-21だが、わたしは、自分はただの一等航海士で、船はモレル父子商会のものだと申し上げました。 1-1-3-22すると、陛下はこうおっしゃいました。1-1-3-23ああ、あの商会なら知っている。1-1-3-24モレル一家は親代々の船持ちでな、その内の一人に、バランスの兵営時代に、わしと同じ聯（れん：つらなる）隊（たい）にいた男がいる、って」。1-1-3-25「まさにそのとおり！」船主は、うちょうてんになって声をあげた。1-1-3-26「それは伯父（おじ：父母の兄）のポリカル・モレルさ、大尉になった・・・・ダンテス君。1-1-3-27伯父に会ったら、陛下が伯父のことを覚えていてくだすったと言ってやるんだ。1-1-3-28伯父はポロポロ涙をこぼして泣くだろう。 1-1-3-29ほんとに、ほんとに」と、船主は青年の肩の上を親しげに叩きながら、「船長の命令に従ってエルバ島によってくれて、君はほんとうにいいことをしてくれた。1-1-3-30だが元帥に包を渡して、陛下とお話ししたことがほかに知れたら、君の身に危険が振りかかってくるからな」。1-1-3-31「どうしてです？」と、ダンテスが言った。1-1-3-32「わたしは、自分が何を持って行ったのかさえ知りませんし、それに陛下にしても、通り一（いっ）ぺんのものにするようなおたずねだけしかなさらなかったのですから。1-1-3-33あ、御免（ごめん）ください」と、ダンテスは言葉をつづけた。1-1-3-34「検疫官（けんえきかん）と税官吏（ぜいかんり）がやってきました。1-1-3-35ちょっと失礼させていただきます」。1-1-3-36「さあ、さあ」。 1-1-3-37青年（せいねん）が向こうへ行くと、今度は、ダングラールがそばへよってきた。1-1-3-38「どうでした。ポルト・フェライヨに投錨したことについて何かりっぱな理由を申しあげたようですが」。1-1-3-39「いや。すばらしい理由だったよ、ダングラール君」。1-1-3-40「それはけっこうでした」と、ダングラールは答えた。1-1-3-41「なんにしても、友だちがその義務にそむいたことをするを見ているのは、この上もなくつらいことでして」。1-1-3-42「ところが、ダンテスは自分の義務をはたしたんだよ」と、船主が答えた。 1-1-3-43「そして、なにひとつ申しぶんがないのさ。1-1-3-44ルクレール船長が寄港（きこう）するように言いつけたんだ」。1-1-3-45ルクレール船長といえば、船長からの手紙をお渡しいたしませんでしたか？」。1-1-3-46「誰がさ？」。1-1-3-47「ダンテスが」。1-1-3-48「わたしにか？1-1-3-49いや！手紙を預かっていたのかね？」。1-1-3-50「なんでも包（つつみ）のほかに、ルクレール船長は手紙を一本お預けになったように思いました」。1-1-3-51「包って、なんの包だ？」。1-1-3-52「ダンテスが、帰りしなにポルト・フェライヨに置いてきた包です」。 1-1-3-53「だって君は、ダンテスがポルト・フェライヨに届ける包を持ってることをどうして知ってる？」。1-1-3-54ダングラールは顔をあからめた。1-1-3-55「半開きになっていた船長の部屋の戸口を通りかかりましたので、1-1-3-56そして、船長が包と手紙とをダンテスに渡しているところを見たんでした」。1-1-3-57「わたしには何も言わなかった」と、船主は言った。1-1-3-58「だが手紙を持っていたら、さだめし渡したことと思うが」。1-1-3-59ダングラールはちょっと考えこんだ。1-1-3-60「では、お願いいたしますが、ダンテスにっは何もおっしゃらないでいただきましょう。1-1-3-61わたしの思いちがいかもしれませんから」。1-1-3-62そう言っているところへ、青年がもどってきた。1-1-3-63ダングラールはその場をはずした。

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引用者：2016/5/8　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義