１（２）ダングラール

1-1-2-1「どうです、モレルさん、」船主のいかにもじれったそうなようすを見ながら青年が言った。1-1-2-2「あがっておいでになりませんか。1-1-2-3ちょうど会計のダングラールさんもケビン（船室）から出てきましたし、いろいろおききになれましょう。1-1-2-4さて、わたしはこれから投錨（とうびょう）の監督をして、それから船に喪葬をさせなければ」。1-1-2-5船主は、二つ返事でその言葉に従った。1-1-2-6彼はダンテスから投げられた綱を引っつかむなり、いかにも船乗りらしい鮮（あざ）やかな手ぎわで、そり返った船の横腹（よこばら）に釘づけされている梯子（はしご）を上って行った。 1-1-2-7一方ダンテスは、いましがたダングラールという名で呼ばれ、いまケビンから出て船主のほうへものものしく歩みよって来た男に話をゆずって、自分は一等運転士の仕事をするために歩み去って行った。1-1-2-8ここに新しく顔を出した男は、年のころ二十五六（にじゅう・ごろく）、かなり暗いところのある顔立（かおだ）ちで、上役（うわやく）におもねり、下役（したやく）にはいばるというやつ。1-1-2-9そんあわけで、彼は、水夫（すいふ）仲間から一般にいやがられる会計というせいもあったけれど、そのほかにも、ダンテスがみんなから慕われているのに反し、乗組み一同から一般にいやな目で見られていた。 1-1-2-10「これはこれは、モレルさん。1-1-2-11お聞きになりましたでしょうな？1-1-2-12いやどうもとんだことになりまして」と、ダングラールが言った。1-1-2-13「聞きましたよ。1-1-2-14気の毒なことをしたもんだ。1-1-2-15勇敢で、しかも良い人だったに」。1-1-2-16「それに、空と水との中で年をおとりになったまったく無類（むるい）の船乗りでした。1-1-2-17モレル商会といったようなりっぱなお店の仕事をやっていくには、まったく打ってつけの方（かた）でした」と、ダングラールが答えた。 1-1-2-18「だが、」と、折柄（おりがら）投錨の位置を探しているダンテスから目を放さずにいた船主は言った。1-1-2-19「仕事をちゃんとやっていく上からいえば、なにもそれほど年功（ねんこう）をつんだ船長の必要もあるまい。1-1-2-20あそこにいるエドモンにしたって、誰にも聞かずに自分のことだけはやっていけるようじゃないか」。1-1-2-21「さよう、」と、ダングラールはダンテスの方を横目でジロリとながめた。1-1-2-22そこには憎悪（ぞうお）の焔（ほのお）が輝いていた。 1-1-2-23「さよう、若いですな。1-1-2-24気がつかないのですから。1-1-2-25船長がなくなられると、誰にも相談しないですぐに船の指図（さしず）をはじめまして、まっすぐマルセイユへ帰る代わりに、エルバ島で一日半も損をさせられました。1-1-2-26「もっとも、船の指揮をすることは、一等運転士としてのあの男の義務だからな」と、船主は言った。1-1-2-27「だが、エルバ島で一日半も無駄にするとは、それはちょっといけなかった。1-1-2-28それも、船に手入れをしなければならないようないたみ箇所でもあったというならべつだが」。1-1-2-29「船はこのわたし同様、それにモレルさん、いつも御息災（ご・そくさい）をお祈りしているあなたさま同様、まったく『がっしり』したもんでした。1-1-2-30しかもその一日半というやつがとんだ気まぐれから無駄（むだ）にされたわけでして。1-1-2-31つまり陸にあがりたい、ただそれだけの気持からだったんで」。 1-1-2-32「ダンテス君、」青年のほうへ向き直ってから船主が叫んだ。1-1-2-33「ちょっとここへきてくれたまえ」。1-1-2-34「ごめんください、すぐまいります」。1-1-2-35それから船員のほうへ向かって「投錨」と、言った。1-1-2-36たちまち錨（いかり）は水に落とされた。1-1-2-37そして、鎖は音をたててすべって行った。1-1-2-38水先（みずさき）案内がいるにもかかわらず、ダンテスはこの最後の作業がすんでしまうまで自分の部署（ぶしょ）に留（とど）まっていた。1-1-2-39それから、「船旗（せんき：ペナント）半檣（はんしょう：半旗）、弔旗（ちょうき）掲揚（けいよう）、帆桁（ほげた）十字（じゅうじ）交叉（こうさ）！」。1-1-2-40「いかがです、」とダングラールが言った。1-1-2-41「わたしが申したとおり、すっかり船長気どりじゃありませんか？」。 1-1-2-42「だが事実、船長なんだよ」と、船主が言った。1-1-2-43「さよう。あなたさまと、あなたさまの御子息（ごしそく）さまの御署名（ごしょめい）がないというだけですな」。1-1-2-44「ふん！だが、あの男に船長をやｒしてもよかろうじゃないか。1-1-2-45なるほど、年は若い。1-1-2-46だがすっかり呑（の）みこんでいるらしい。1-1-2-47仕事のほうもなかなか経験がつんでるらしいし」。1-1-2-48一抹（いちまつ）の暗影（あんえい）がダングラールの面上（めんじょう）をかすめた。 1-1-2-49「失礼しました」そばへやって来ながら、こうダンテスが言った。1-1-2-50「錨もおろしましたし、これからどういうお話でもお伺（うかが）います。1-1-2-51お呼びになりましたようでしたが？」。1-1-2-52「ダングラールは一足（ひとあし）後へさがった。

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引用者：2016/5/6　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義