９（９）油断大敵

　９（９）油断大敵

○（９－９）二人は伝令任務のため敵陣を進む中ニニスが殺戮を開始
(9-314)(9-315)(9-316)(9-317)(9-318)(9-319)
ふたりは城外へ出ると濠（ほり）を越えた。そして夜陰（やいん）にまぎれて運命（さだめ）の敵陣に向かって進んでいった。彼らは、自分たちの最後に到達する前に、多くの者に破滅をもたらした。草叢（くさむら）の至るところ、ワインと睡魔（すいま）に襲われた人間（にんげん）が無秩序に横たわっていた。戦車（せんしゃ）は海岸（かいがん）に、轅（ながえ：馬車・牛車などの前に、牛や馬をつないだりするために長く差し出した二本の棒）を天（オリュムプス）に向けて立てて置かれていた。

車輪と馬引き綱の間に人間が横たわっているのが見えた。あちこちに武器とワイン瓶（かめ）が散乱していた。最初にヒュルタクスの子（ニスス）が口を開いた。(9-314-319)

(9-320)(9-321)(9-322)(9-323)(9-324)(9-325)(9-326)(9-327)(9-328)
「なあ、エウリュアルスよ、今は腕にものを言わせる時じゃないか。これは、またとないチャンスだぜ。ここからわれらの前途（ぜんと）が開けてくるのだ。君はそこで見張りに立ってくれ。後ろから襲われたのでは堪（たま）らぬからな。ずっと遠くまでしっかり確認してほしい。その間におれはこいつらを片づけて、君を連れていく道路を通す」。

彼はこう言うと黙った。そして直ちに剣を抜いてラムネスに襲いかかった。この時、誇り高きラムネスは褥（しとね）を高く積み上げ、胸からぐうぐうと寝音を吐き出して眠っていた。自ら王であったが、トウルヌス王には、最も信頼（しんらい）厚き易者（えきしゃ：アウグルという）として仕えていた。しかしその鳥占（とりうらない：アウグリウムという）の技（わざ）も、自らの破滅（はめつ）を妨（さまた）げることはできなかった。(9-320-328)

(9-329)(9-330)(9-331)(9-332)(9-333)(9-334)(9-335)
(9-336)(9-337)(9-338)(9-339)(9-340)(9-341)
ニススは、たまたまその横で槍を枕に眠っていた三人の郎党（ろうとう）と、レムスなる武士（もののふ）の槍持（やりもち：アルミゲル）を倒し、また馬の間にいた御者（ぎょしゃ）を殺した。そして彼らのだらりと垂れる首を剣で叩（たた）き切った。ついでその主人を襲い、首を落として、血の流れる胴体をころがした。地面が体液で黒く染まり、高い褥（しとね）も汚（よご）れた。

ラミュルス、ラムスといった武士も血祭りにあげられた。若きセルラヌスも犠牲になった。彼は夜通しゲームに熱中し、つい神のお誘いのまま眠り込んで難（なん）に遭（あ）った。姿の美しい青年だった。夜を遊び過ごしてそのまま朝の光を迎えていたら、当然の幸せを享受（きょうじゅ）していただろう。

ニススは羊小屋を漁る（あさ）る一匹の飢えたライオンと化していた。空腹（くうふく）が狂（きょう）おしく彼を駆り立てる。獣（けもの）は、獲物に噛みつき、引きずりまわすが、おとなしい羊たちは恐怖で声も立てない。血まみれの獣の口が咆哮（ほうこう）する。(9-329-341)

(9-342)(9-343)(9-344)(9-345)(9-346)(9-347)(9-348)
(9-349)(9-350)
エウリュアルスの殺戮もこれに劣らず凄まじいものだった。彼は火がついたように狂って、無名（むめい）の兵卒（へいそつ）の一群（いちぐん）に突進した。こうしてファドウス、ヘルベスス、ロエトウス、アバリス等（など）は不意（ふい）に命（いのち）を落とした。ロエトウスだけは目覚めていて、一部始終（いちぶしじゅう）を目撃していた。しかし彼は恐怖のあまり混酒器（こんしゅき：クラテルという）の後ろに身を隠して声を失った。

彼が駆け出そうとすると、エウリュアルスはその前に立ちはだかり、彼の胸にぐっと剣（けん）を刺（さ）し込んだ。剣は柄（え）のところまで入り、それを抜き取ると夥（おびただ）しい血が噴出して彼に死をもたらした。ロエトウスが紫色の魂を吐き出すと、同時に血の混じった大量のワインが口から流れ出た。誰も見ていない場所に、恐ろしい殺戮熱が吹き荒れていた。(9-342-350)

(9-351)(9-352)(9-353)(9-354)(9-355)(9-356)(9-357)(9-358)
エウリュアルスはメッサプス(7-697)の陣営に接近した。そこではちょうど今、最後の火が消えたところだった。軍律（ぐんりつ）に従って繋がれた馬たちが草を食（は）んでいた。この時、ニススは、エウリュアルスの殺戮（さつりく）願望（がんぼう）が極度（きょくど）に達しているのを感知して、短くこう声をかけた。

「ここはやめておこう。敵の明りが近づいてくる。おれたちは十分（じゅうぶん）殺しまくった。これで敵中突破ができる」。かくて彼らは敵兵の固い銀の鎧（よろい）にも、混酒器にも、美しい絨毯（じゅうたん）にも手をつけなかった。(9-351-358)

(9-359)(9-360)(9-361)(9-362)(9-363)(9-364)(9-365)(9-366)
だがエウリュアルスは、ラムネス(9-328)の胸当（むねあて）と、黄金（おうごん）の鋲（びょう）を打った剣帯（けんたい）から目を逸（そ）らさなかった。これはかつて大金持（おおがねも）ちのカエディクスが、情誼（じょうぎ）を交（か）わすしるしにと、はるばるティブル（ラティウムの町：7-631）のレムルスのもとに贈り届けた逸品（いっぴん）であった。

レムルスは、死に際してそれを孫へ遺贈（いぞう）したが、この孫の死後この品は、戦場でのやりとりで、ルトウリ人の手に渡ることとなった。エウリュアルスはこれを自分のたくましい肩に背負ったが、無事に持ち帰ることはできなかった。彼はさらに、ちょうど自分の頭にぴったりの、メッサプスの冠毛（かんもう：クリスタ）付き兜（かぶと）をかぶった。こうしてふたりは陣営を去り、安全地帯へ道を取った。(9-359-366)

2015/11/29 オリジナル教会（初代代表）　笹倉正義
正式名称：（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会