６（１０）地下世界の有様

　６（１０）地下世界の有様(ありさま)

○（６－１０）シュビラの巫女の先導
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このことが一段落（いちだんらく）すると、アエネアスは直ちにシビュラの巫女（みこ）の指図（さしず）を実行に移した。深い洞窟があった。それは黒い水をたたえた湖（みずうみ）の脇に、ほの暗い森にかこまれて人知れず存在していた。そこには巨大な岩の穴が口をあけていた。

この上空を鳥が無事に通過することは不可能だった。その黒い口からは、有毒ガスが湧き出て、蒼天（そうてん：青空）にまで達していた。このため、ギリシャ人はここを無鳥（むちょう：アオルヌス）と呼んだ。（この一行は後世の挿入とされる）。(6-236-242)

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彼らはここにまず四頭の背の黒い若い牡牛をたてた。そして巫女（みこ：サケルドス）が額（ひたい）にワインを灌（そそ）ぎ、牛の角（つの）の間の頭頂（とうちょう）に生（は）えた剛毛（ごうもう）を切りとり、最初の奉献（ほうけん）として、聖なる火にかけた。その間（かん）彼女は声をはりあげ、天と夷（えびす：エレブス）とを支配するヘカテ(4-511)に呼びかけた。

他の者たちは屠殺（とさつ）刀（かたな）で獣ののどを切り、温かい血を水盤で受け止めた。アエネアスは慈女鬼（じめき：エウメノス）たちの母（夜の女王）とその偉大な姉（大地の女神（テルラ）とに、剣（けん）で黒毛（くろげ）の子羊を屠（ほふ）り、またプロセルピナよ、貴女（あなた）には不妊（ふにん：ウマズメ）の牝牛（めうし）をささげた。

それから冥界（めいかい：ステュクス）の王（プルトン）に捧げる真夜中（まよなか）の祭壇が造られた。牡牛の全肉が火で炙（あぶ）られ、濃密なオリーブ油（ゆ）が焼ける肉の上から注ぎかけられた。(6-243-254)

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すると夜が明け初め、太陽が昇る頃、異変が起きた。足元（あしもと）の地面が響きをたて、森の連なりがざわざわと動き始めた。暗闇の中から牝犬（めすいぬ）の遠吠（とおぼ）えが聞こえ、女神（ヘカテ）の到来（とうらい）を告げた。このとき予言者の巫女が叫んだ、「下（さ）がりゃ、下（さ）がりゃ。おまえら穢（けが）れた者らは、聖林に入ってはならぬわ」。

彼女は続けた、「さ、今です。アエネアス王よ、お入りなされ。剣（けん）を鞘（さや）からお抜きなされ。あなたの力量を試す時が来ました。しっかとお覚悟（かくご）なさい」。彼女がこう言うと、狂乱の態（てい）で、ぽっかりと開（あ）いた穴の中に飛び込んだ。アエネアスは少しも怯（ひる）まず、彼女に続いて飛び込んでいった。(6-255-263)

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ああ、霊魂を司（つかさど）りたまう神々、沈黙を守る暗黒の御霊（みたま）ら、ならびに渾沌（こんとん：カオス）、炎之川（ほのおのかわ：ブレゲトンという）、また涯（は）てし無き闇夜（やみよ）の静寂（せいじゃく）の里よ。願わくはわれに、耳に聞きしを語ること、許したまえ。御心（みこころ）もて、地底の濃霧（のうむ）に沈みたる事ども語りあかすこと、叶えたまえ。(6-264-267)

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ふたりは影となり、漆黒（しっこく）の夜闇（よやみ）の中を進んでいった。そこは閻魔大王（えんまだいおう：ディス）の空（うつ）ろな棲家（すみか）だった。それはどこまでも虚無（きょむ）の空間だった。たとえばユピテルが天空を影で覆い、黒い夜が万物（ばんぶつ）から色を奪う時、朧（おぼろ）な月明りをたよりに森の中を進んでゆく。それはそんな道行（みちゆ：男女が連れだって旅を行く）きだった。

ちょうど冥界（めいかい：オルクス）の入口まで来た時、玄関前広場（げんかんまえひろば：ウェスティブルム）のところに悲愁（ひしゅう：ルクトウス）と、執念（しゅうねん）深い憂悶（ゆうもん：なやみ苦しむこと：クラ）たちが横たわっていた。蒼（あお）ざめた諸病（しょびょう：モルビ）や悲しき老齢（セネクトウス）もそこに巣食（すく）っていた。

そして不安（ふあん：メトウス）、諸悪の根源たる飢餓（きが：ファメス）、醜悪な貧困（ひんこん：エゲスタス）たちが、目にするも恐ろしき形を見せていた。またそこには、死（し：レトウム）の顔もあり、労苦（ろうく：ラボス）の姿もあった。そしてまた死の肉親の睡眠（すいみん：ソボル）もそこに居た。さらにまた底意地（そこいじ）の悪い喜組（きぐみ：ガウディアのお一団、そして正面の敷居（しきい）には致命的（ちめいてき）な戦争（せんそう：ベッルム）が立ちはだかり、慈女鬼（じじょき：エウメニス）たちが鉄の部屋（へや）を領（りょう）し、狂気の不和（ふわ：ディスコルディア）が蛇（へび）から成る頭髪（とうはつ）を血まみれの紐（ひも）で束（たば）ねていた。(6-268-281)

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広場の中央に年経（としへ）た大枝を延ばした楡（にれ）の木が立っていた。その巨木は、小枝を張り巡らせ、全体がほの暗かった。この木にははかない夢が群生（ぐんせい）していると言われている。その夢は、一枚一枚の葉の裏側に密生（みっせい）していた。

その他さまざまな獣性（じゅうせい）の化け物が集（つど）っていた。門口（かどぐち）には半人半馬（はんにんはんば：ケンタウルス(5-158)）どもが立っていた。双形（ほうけい）の海妖（かいよう：スキュラ(5-123)）たち、また百手（ひゃくで）のブリアレウス（冥界に幽閉された巨神を見張っている百手大魔神（ヘカトンケイル）も見えた。

またレルナの沼の怪獣（七頭の水蛇（ヒュドラ）は舌でしゅっしゅっと嫌な音をたてていた。炎に包まれた獅羊蛇（しようじゃ：キマエラ）、ゴルゴ(2-623)たち、ハルピュイア(3-218)たちの姿もあった。三身（さんみ）の怪物（かいぶつ：ゲリュオン）の朧（おぼろ）な形も浮かんでいた。

これらを見た時、アエネアスは突然激しい恐怖に襲われて身体がふるえ、抜身（ぬきみ）の剣を握り締め、その切っ先（きっさき）を襲来する者たちに向けた。もしこの時、賢知（けんち）の同道者（どうどうしゃ）が、これらの脆（もろ）い存在には肉体がなく、ただ虚（うつ）ろな形を見せて飛んでいるだけです、と教えなければ、アエネアスは彼らに向かって突進し、空しく影たちを相手に剣（けん）を振り回しただろう。(6-282-294)

2015/11/15 オリジナル教会（初代代表）　笹倉正義
正式名称：（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会