２（２１）家内安全の神像

(2-713)(2-714)(2-715)(2-716)(2-717)(2-718)(2-719)(2-720) 町の外の小高い丘に年ふりた祠（ほこら）があって、五穀（ケレス）豊穣神（ほうじょうしん）が祀（まつ）られている。今は訪ねる人もないところだ。そのそばに、長年、ご先祖たちの崇敬（すうけい）をあつめた古い糸杉（いとすぎ）が立っている。われわれは、別の道をたどり、ここで落ち合うことにする。 父上は、祭器（さいき）と先祖伝来の家御守護神（いえ・ごしゅごしん：ペナテス）をお手にとってください。わたしは今、戦（いくさ）に耽（ふけ）ってきたばかりです。殺戮（さつりく）をしてきた不浄（ふじょう）の手でそれらに触れることはできません。まず流れる川で身を清めないと』。(2-713-720) (2-721)(2-722)(2-723)(2-724)(2-725)(2-726)(2-727)(2-728)(2-729) わたしはこう言って、肩全体と、父がつかまる首を黄金の獅子（ライオン）皮の衣で覆（おお）い、その上に父をのせました。イウルスは、わたしの右手をしっかりとつかみましたが、幼いゆえに、わたしと歩調を合わせることはつらそうでした。妻はうしろから随（つ）いてきました。 こうしてわれわれは、闇の中を進みました。ついさっきまで、わたしは、槍の攻撃も、一丸（いちがん）となって立ちはだかるギリシャ兵も、まったく恐れませんでした。だが、このときには、少し風が吹いてもふるえあがり、どんな物音にもびくびくしました。心がはやり、伴（つ）いてくる者、背負（せお）っている者、両方が心配の種になったのです。(2-721-729) (2-730)(2-731)(2-732)(2-733)(2-734)(2-735)(2-736)(2-737) (2-738)(2-739)(2-740) 町の門に近づいて、すでに大半（たいはん）の道を通過し終えたと思った時、突然、入り乱れる足音が聞こえました。目をこらして暗闇を見ていた父が叫びました。『息子よ、逃げろ、息子よ、急げ。敵が近づいてくる。盾が追ってくるぞ。槍が光っているぞ』。どうしてそんなにうろたえ、いかなる神に嫌われて、あのように心を乱してしまったのかわかりません。 わたしはつい辺鄙（へんぴ）なところを走ってしまい、いつのまにか、自分がよく知る地域から外れてしまっていました。ああ、何ということでしょう。妻のクレウサが、運命に足をすくわれて立ち止まったのか、道に迷ったのか、それとも転んで起き上がれなかったのか。確かなことは何ひとつわかりません。彼女はこれ以後、わたしたちの目から失われてしまったのです。(2-730-740) (2-741)(2-742)(2-743)(2-744)(2-745)(2-746) わたしは、彼女がついてきていないなどとは考えもせず、一度もふりかえってみませんでした。古い五穀（ケレス）豊穣神（ほうじょうしん）の丘の、聖なる祠（ほこら）に辿（たど）り着き、ここに一同が集まった時、彼女ひとりがいなかったのです。一同、子供、夫が皆そろっている傍（かたわ）らに、居るべき本人がいなかったのです。 わたしは正気（しょうき）を失って、あらゆる人間、神々をののしりました。トロヤ陥落の出来事のうちでも、これほど残酷なことはありませんでした。(2-741-746) (2-747)(2-748)(2-749)(2-750)(2-751) わたしはアスカニウスと、父アンキセス、それにテウクリ（トロヤ）の家御守護神（小さな神像）を仲間の者に託（たく）し、くぼんだ谷間に身を隠して待つように命じ、ひとり都へ引き返すべく、輝く武具を腰につけました。わたしは、あらゆることをもう一度初めからやりなおし、トロヤの隅々を探し尽し、いかなる危険にもたじろがぬ決心でした。(2-747-751)

次へ

2015/10/4 オリジナル教会（初代代表）　笹倉正義
正式名称：（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会