（２）ラテン語は苦手

0-2-1デュマの父は、サン・ドマングのジェレミー島の生まれで陸軍中将、母の名はエリザベート・ラプーレ。0-2-2父方の祖父は、アントワーヌ・アレクサンドル・ダビッド・ド・ラ・パイユトリーといって、砲兵監をつとめていた。0-2-3西暦１７８６年に世を去ったが、その妻のマリー・セセット・デュマは黒人の娘だった。0-2-4こうしたわけで、わがアレクサンドル・デュマは、しばしば言われているように、半ば黒人の血をうけての生まれだった。 0-2-5デュマの父の中将については、後年デュマの書いた『回想記』に、その風貌が詳細に描きだされているが、容貌魁偉（ようぼう・かいい）、身のたけ抜群、軍隊内では「黒い悪魔（ディアブル・ノワール）という名で知られ、とりわけ膂力（りょりょく：筋肉の力、また、腕力）すぐれていることで有名だった。0-2-6だが、そうした父も、１８０６年２月２６日、四十歳で病没した。0-2-7ところが、将軍の晩年二ヵ年間の俸給が未払のままになっていた。0-2-8しかも、長期にわたる将軍の療養のため、家にあったわずかばかりの貯えも今は残り少なくなっていたため、将軍と親交のあったブリュース、オージュロー、ミュラーなどは、遺族の窮状（きゅうじょう）をナポレオンに訴えたが、将軍が、かつて共和党員だったという事実に釈然たらざるものがあったナポレオンは、そうした取りなしにも耳を傾けようとしなかった。 0-2-9いきおい、あとに残された母は、学校の寄宿舎（きしゅくしゃ）に入れてあった姉娘と、当時ようやくう四歳になったばかりのデュマの二児を抱えて、窮乏のうちに生計を立てて行かなければならなかった。0-2-10だが、こうした生活上の窮迫にもかかわらず、ビレル・コトレを中心としてのデュマの少年時代は、かなりのびのびとした展開を見せていた。0-2-11その地方の森林監守（ガルド・フォレスチェ）たちに可愛がられたデュマは、かれらにしたがって好んで森を歩きまわることを日課にしていた。0-2-12父から受けついだ健康な体と、雄大な森林を背景とした大らかな生活とが、発育ざかりの彼の心を、どれほど打ちひらかせ、大きな自信でふくれあがらせたかは想像するに難くない。 0-2-13後年、歴史の一ページさえ知らなかった彼にして、歴史文学に突き進もうという気持を起したのも、元はと言えば、絶対確信を破られたためしのないこうした自信の強さに胚胎（はいたい：のちに起こる物事の原因を含みもつこと）したものと言われよう。0-2-14大自然の中に育まれた若き日のデュマのこうした生活こそ、生まれつききわめて健康だった彼に、さらに遺憾のない鍛錬を与えると同時に、他日、彼の作品に見られる驚くべき想像力を準備するため、きわめて大きな糧となったことは疑うべくもない。 0-2-15ところで、あくまで自信に満ちた彼ではあったが、音楽だけは不得手であり、かつラテン語の学習にかけても甚（はなはだ）だ乗り気のしなかったことを告白している。0-2-16これは一面、デュマの作品を考えるにあたって興味ある一点で、彼の文体が、ロマン派風の抒情（自分の感情をのべあらわす）調を拒絶し、あくまで事実の推移を追っての直載（ちょくさい：まわりくどくなく、ずばり言うこと）な描写（びょうしゃ）に終始（しゅうし）し、他面（ためん）、いたずらな文飾（ぶんしょく）に心をわずらわすことのなかったことを思うときそれこそ、大衆性（たいしゅうせい）の把握（はあく）という点から言って、むしろ彼の文学（ぶんがく）にとって大きな長所（ちょうしょ）となったものと言われるだろう。

大衆のための俗語小説

ミチオ書「ボッカチオ」

0-2-17少年期から青年期にかけて、彼は折りあらば森に出かけ、木株（きかぶ）に腰をおろしては、森林監守たちの口から、大ナポレオンの戦（いくさ）物語をきくのを無上（むじょう）の楽しみにしていた。0-2-18同時に、そのころ手にしたのは、あるいは『アラビヤン・ナイト』であり、『ロビンソン・クルーソー』であり、神話であり、聖書であったことを思えば、若き日の彼の心は、きわめてすなおに、後年の大デュマへの生成の途をたどりつつあったものと言うことができる。

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引用者：2016/10/9　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書