（３）人生大業の目標

0-3-1おなじくそのころ彼は、アメデ・ドウ・ラ・ポンスとよばれる士官から、はじめてゲーテの『ウェルテルの悲しみ』の存在を教えられた。0-3-2彼は、そのころの青年の誰しもと同じように、この作品を耽読（たんどく：夢中になって読みふけること）した。0-3-3そして、おぼろげではあったが、はじめて文学への嗜欲（しよく：欲するままに好きなことをして楽しむこと）を掻（か）き立てられたことを語っている。0-3-4同時に、さらに彼をして後年（こうねん）の大デュマへと駆り立てた大きな事実として、彼が偶然（ぐうぜん）シェークスピアの作品に触れたことをあげなければなるまい。0-3-5それは、パリ・コンセルバトワールの一行（いっこう）が、つい近所（きんじょ）のソワソンの町にきて上演（じょうえん）した『ハムレット』をみたことだった。

0-3-6この時はじめて接したシェークスピアの魅力（みりょく）は、まさに作家としてのデュマに決定的な影響を与えた。0-3-7『モンテ・クリスト伯』の場合においても、シェークスピアから受（う：本は承）けたと思われる構想なり性格なり、到るところに指摘することができる。0-3-8そのきわめて明らかな一例として、ビルフォール夫人の原型（げんけい：プロトチープ）が、マクベス夫人そのものに他ならないことを読者諸君もお気づきだったと思う。

0-3-9さらに、作家としてのデュマの発足（ほっそく）に拍車（はくしゃ）をかけたものは、子爵（ししゃく）アドルフ・ドウ・ルーベンとの交遊（こうゆう）だった。0-3-10アドルフは、デュマとほとんど同年輩（どうねんぱい）の青年で、スエーデン貴族の家に生まれ、国を追われてフランスに移り住んでいたが、たまたまコトレ附近のビレル・エロンの別荘に滞在中、デュマと知りあった。0-3-11パリでも一（ひと）かどの通人（つうじん）として、芝居道（しばいどう）にも顔がひろく、方々（ほうぼう）の劇場にも自由に出入りしていたアドルフからの話は、大いにデュマの心をそそり立てた。0-3-12夏が過ぎ、パリへ帰ってからのアドルフからは、つぎつぎと本が送られてきた。0-3-13その中の一冊（いっさつ）『アイバンホー』を手にしたとき、十八歳のデュマはとりわけ心を動かされ、卒然（そつぜん）として抑えがたい創作欲に駆（か）られたことを述べている。0-3-14そして、筆を呵（か）して一気（いっき）に三幕物（さんまく・もの）のメロドラマを書きあげた。0-3-15これが彼としての最初の作品というわけだった。

0-3-16西暦１８２３年、そのころクレピーの公証人（こうしょうにん）役場（やくば）書記（しょき）をつとめていた彼は、劇壇（げきだん）のことを思うにつけ、生来（しょうらい）の自負心（じふしん）も手伝って、なんとしてでもパリへ出たいと思った。0-3-17そして、やむにやまれぬ気持にまかせて、一人の友人とさそいあわせ、徒歩でパリへ出かけ、当時（とうじ）嘖々（さくさく：口々に言いはやすさま）たる名声（めいせい）に包まれていた悲劇（ひげき）役者（やくしゃ）タルマの楽屋（がくや）を訪れた。0-3-18ところが、折柄（おりがら）顔をつくっていた（化粧していた）タルマは、若い劇作家の来意をきくと、その場に居あわせた人々の前もかまわず「父と子とシェークスピアの名において申しますが、あなたはたしかに偉大な劇作家でおいでです」と言い、さらにおっかぶせて「田舎にお帰りになるのですな。そして、もっと御勉強なさるのですな」と言ったのだった。

0-3-19思わずカッとなったデュマは、そのままパリを引きあげたが、いったん思いさだめた牢乎（ろうこ：しっかりしてゆるがないさま）とした決心は、彼をして、そういつまでも田舎に留まることをさせなかった。0-3-20彼は、父の旧友だった一人の将軍を頼って、ふたたびパリへ出かけた。0-3-21そして、その口ききで、オルレアン候（こう）の秘書課（ひしょか）に書記（しょき）としての職を得たが、何たる偶然（ぐうぜん）か、その秘書課の窓というのが、コメディー・フランセーズ座へ向ってあいていた。

0-3-22劇壇にあこがれつづけていたデュマにとって、これはまさにきびしすぎるほどの刺戟（しげき）だった。0-3-23彼は、改めて、劇作家となるために、まだまだ学ばなければならないことを反省した。0-3-24そして、秘書課の仕事のかたわら、その生来の精力を傾けて、古今東西（ここんとうざい）、手に入るかぎりの名篇（めいへん）大作（たいさく）を渉猟（しょうりょう：広く書物を読みあさること）し、古きはアイスキュロス、ソフォクレスにさかのぼり、コルネイユ、シェークスピア、モリエールは言うに及ばず、カルデロン、ゲーテ、シッレルにいたるまで、文字通（もじどお）り寝食（しんしょく）を忘れて読みふけった。
 
 
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引用者：2016/10/9　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書