５２（２）伯爵さまはイタリーで ５２（２）伯爵さまはイタリーで
| 4-52-2-1そのバランティーヌ、じつは話（はなし）の進行（しんこう）を急（いそ）ぐため、正式（せいしき）のご紹介（しょうかい）もすまさずに読者（どくしゃ）にお目通り（めどおり）させてしまったかたちだったが、まさに今年（ことし）十九（じゅうく）になるという背（せ）の高（たか）い『きゃしゃ』な娘（むすめ）、髪（かみ）は艶（つや）のいい栗色（くりいろ）、眼（め）は濃（こ）い空色（そらいろ）、物腰（ものごし）はいかにも弱々（よわよわ）しく見（み）えていて、しかもすっきりした優雅（ゆうが）さを失（うしな）わずにいるところ、まさに母親（読者註：ルネ・ド･サン･メラン）そっくりと言（い）いたかった。 4-52-2-2白（しろ）い細（ほっそ）りした手（て）、真珠（しんじゅ）のような頸（くび）、時々（ときどき）かすかな色（いろ）に染（そ）まるその頬（ほお）など、ちょっと見（み）たばかりで、詩人（しじん）が譬（たと）えて、水（みず）に姿（すがた）を映（うつ）す白鳥（はくちょう）のようだと言った、あの美しいイギリス婦人そっくりだった。4-52-2-3こうしてバランティーヌは入（はい）ってきた。4-52-2-4そして、母のそばに、いままでたびたび聞いた外国人（がいこくじん）のいるのを見ると、娘（むすめ）らしい取（と）りつくろったはにかみもなく、目（め）を伏（ふ）せることもせず、しとやかに会釈（えしゃく）をした。4-52-2-5それがさらに伯爵の注意（ちゅうい）をひいた。 4-52-2-6伯爵は立（た）ち上（あ）がった。4-52-2-7「マドモワゼル・ビルフォール、わたくしの義理（ぎり）の娘でございます」と、夫人（ふじん）は、長椅子（ながいす）に掛（か）けたままで身（み）をかがめ、バランティーヌのほうを示（しめ）しながらモンテ・クリスト伯（はく）に言った。4-52-2-8「こちらは、モンテ・クリスト伯爵（はくしゃく）さま、シナの王さま、交趾シナ（こうちシナ：《英》Ｃｏｃｈｉｎ Ｃｈｉｎａ：フランス統治時代のベトナム南部に対する呼称）皇帝でいらっしゃいます」と、小さなひょうきん者（もの）は、そう言いながら、『ちら』とずるそうな眼（め）つきを姉（あね）のほうへ送（おく）った。 4-52-2-9今度（こんど）という今度、ビルフォール夫人も色（いろ）を変（か）えた。（読者註：すごく怒ったことが態度に現われた、ということ）。4-52-2-10そして、エドワールと名（な）のる、この家中（いえじゅう）でのもてあまし者（もの）に腹（はら）をたてた。4-52-2-11だが、それとは逆（ぎゃく）に、伯爵のほうは、微笑（びしょう）を浮（う）かべながら、その子供（こども）を面白（おもしろ）そうに眺（なが）めているらしいようすだった。4-52-2-12それが、母親（ははおや）の喜（よろこ）びと感激（かんげき）とを、絶頂（ぜっちょう）にまでおしすすめた。 4-52-2-13「しかし奥（おく）さま、」と、モンテ・クリスト伯は再（ふたた）び話（はなし）のつづきに戻（もど）って、ビルフォール夫人とバランティーヌとをかわるがわるに眺（なが）めながら言った。4-52-2-14「いままでどこかで、お二人（ふたり）にお目（め）にかかったことがありませんでしたかな？4-52-2-15さっきもちょっとそのことを考（かんが）えておりました。4-52-2-16そして、お嬢（じょう）さまが入（はい）っておいでになるのを拝見（はいけん）して、今（いま）までぼんやりしていた記憶（きおく）（こんな言葉をおゆるしください）の上に、一道（いちどう：悟りの唯一の道）の光（ひかり）がさしたように思いました」。 4-52-2-17「そんなことはなかったろうと思いますが。4-52-2-18娘はあまり社交界（しゃこうかい）を好みませんので、わたくしどもも、そとへ出ることはめったにございませんので」と、夫人が答えた。4-52-2-19「社交界（しゃこうかい）でお目にかかったのではございませんでした。4-52-2-20奥さまや、ここにおいでのおかわいらしい『おいた』の坊（ぼ）ちゃんとも。4-52-2-21それにパリの社交界とはまだ馴染（なじみ）もないことです。4-52-2-22すでに申しあげたと存（ぞん）じますが、なにしろ『やっと』五六日（ごろくにち）前（まえ）パリにまいったばかりでございます。4-52-2-23ちょっと思（おも）い出（だ）させていただきましょう・・・・お待（ま）ちください・・・・」。4-52-2-24伯爵は、さも記憶（きおく）をたぐるかのように額（ひたい）に手（て）をあてた。 4-52-2-25「いや、それは戸外（こがい）でのことでした・・・・4-52-2-26それは・・・・なんと申しましょうか4-52-2-27・・・・なんでもこの思い出には美（うつ）しい太陽（たいよう）と、宗教上（しゅうきょうじょう）のお祭（まつ）りのようなものがいっしょだったと思いますが4-52-2-28・・・・お嬢（じょう）さまは、手（て）に花（はな）をお持（も）ちでした。4-52-2-29坊ちゃんは、庭（にわ）のなかで大（おお）きな孔雀（くじゃく）を追（お）っておいででした。4-52-2-30そして、奥さまは、葡萄棚（ぶどうだな）のようなものの下（した）においででした。4-52-2-31奥さま、ひとつお助（たす）け願（ねが）いましょう。4-52-2-32いま申しあげましたことの中で、なにか思い出しにはなりませんか？」。4-52-2-33「どうも思い出せないんでございますが」と、夫人は答えた。4-52-2-34「でも、どこかでお目にかかっていましたら、あなたさまのことをはっきり記憶していなければならないはずでございますが」。 4-52-2-35「伯爵さまは、イタリーでわたくしたちをお見かけ遊（あそ）ばしたのではございますまいか？」と、バランティーヌがおずおずしながら言った。4-52-2-36「なるほど、イタリーでね・・・・そうかも知（し）れませんな」と、モンテ・クリスト伯が言った。4-52-2-37「お嬢さまは、イタリーへおいでだったことがおありですか？」。4-52-2-38「母（はは）といっしょに、二年前（にねんまえ）にまいりました。4-52-2-39医者（いしゃ）が、わたくしの胸（むね）のことを心配（しんぱい）しまして、ナポリの空気（くうき）を吸（す）うようにすすめましたので。4-52-2-40ボロニヤや、ペルッジャや、ローマなどへまいりました」。 |
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| 4-52-2-41「あ、そうでした」と、モンテ・クリスト伯は、さもこれだけ聞いて、記憶がよみがえってきでもしたように声（こえ）をたてた。4-52-2-42「ペルッジャでした。4-52-2-43聖体祭（せいたいさい）の日（ひ）、駅（えき）の旅館（りょかん）の庭（にわ）で、偶然（ぐうぜん）奥さま、お嬢さま、坊ちゃん方（がた）とごいっしょになったというわけでした。4-52-2-44あそこでお目にかかりました」。4-52-2-45「ペルッジャ、よく覚（おぼ）えておりますわ。4-52-2-46それに、駅の旅館や、お話のあったお祭りのことなど」と、ビルフォール夫人が言った。4-52-2-47「でも、いくら記憶をたぐりましても、お恥（はずか）しいほど物覚（ものおぼ）えが悪（わる）くて、お目にかかったことだけは、どうも思い出せないのでございますが」。 4-52-2-48「変（へん）でございますわ、わたくしにも思い出せませんのですけど」と、バランティーヌは、美（うつく）しい眼（め）を上げ、モンテ・クリスト伯のほうを見ながら言った。4-52-2-49「や、僕（ぼく）覚（おぼ）えてらあ」と、エドワールが声を立てた。 |
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ページ制作者：（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」 初代代表者 笹倉正義
この本は、ささくら修道会の必読書
2017/9/24