５０（４）恩あるギヤマンの中身

4-50-4-1「先日（せんじつ）シャトー・ルノーさんがお耳（みみ）に入（い）れましたように、いやもう家庭（かてい）としていろいろなことがありました」と、マクシミリヤンが言（い）った。4-50-4-2「伯爵、あなたのように、りっぱな、高（たか）い身分（みぶん）の方々（かたがた）の不幸（ふこう）や喜（よろこ）びを見慣（みな）れておいでの方（かた）にとっては、こんな家庭内（かていない）の些事（さじ）などあまり御興味（ごきょうみ）のないことと思（おも）います。4-50-4-3しかし、ただいまもジュリーが申（もう）しましたように、こうした狭（せま）い一軒（いっけん）の家（いえ）のなかだけではありますが、わたしたち、ずいぶんつらい苦（くる）しみをなめさせられました・・・・」。 4-50-4-4「で、神（かみ）さまは、すべての人（ひと）にたいしてなさるのとおなじように、そうした苦（くる）しみの上（うえ）にも慰（なぐさ）めをもたらされたというわけですな？」と、モンテ・クリスト伯（はく）がたずねた。4-50-4-5「そうなんでございますの、伯爵（はくしゃく）さま、」とジュリーが言った。4-50-4-6「そう申（もう）してよろしいかと思（おも）います。4-50-4-7それと申しますのは、神さまはわたくしたちのところへ、おそらく択（えら）ばれた者（もの）にでなくてはお遣（つか）わしにならないような方（かた）をお送（おく）りくださいましたから。4-50-4-8神さまは、わたくしどものところへ、天使（てんし）の一人（ひとり）をお遣わしになったのでございます」。4-50-4-9伯爵の頬（ほお）の上には、パッと赤味（あかみ）がさした。4-50-4-10彼（かれ）は、ハンケチを口（くち）の端（はし）へ持（も）ってゆき、心（こころ）の動（うご）きをかくそうとしてわざと咳（せき）をした。 4-50-4-11「緋（ひ）の揺籃（ようらん）のなかに生（う）まれ（王様のこと）、いままでなに一（ひと）つ望（のぞ）んで得（え）られなかったもののないといったような人（ひと）たちには、」と、エマニュエルは言った。4-50-4-12「生（い）きるという幸福（こうふく）がどんなものかわからないのでございます。4-50-4-13同様（どうよう）に、荒（あ）れ狂（くる）う海（うみ）に漂（ただよ）う小舟（こぶね）に命（いのち）を託（たく）したことのない者（もの）には、あの澄（す）みわたった空（そら）のありがたさがわからないのでございます」。4-50-4-14モンテクリスト伯は立（た）ちあがった。4-50-4-15そして、声（こえ）を出（だ）したら。、たちまちそのふるえによって、自分（じぶん）の胸（むね）を掻（か）き乱（みだ）している感動（かんどう）を見（み）てとられはしまいかと恐（おそ）れるように、なにも答（こた）えず、ただ客間（きゃくま）のなかをゆったりした足取（あしど）りで歩（ある）きまわっていた。 4-50-4-16「あまり仰々（ぎょうぎょう）しいので、おかしくお思（おも）いになりましょう」と、マクシミリヤンは、モンテ・クリスト伯の姿（すがた）を目（め）で追（お：本は『逐』）いながら言った。4-50-4-17「いやいや」と、モンテ・クリスト伯は、真っ青（まっさお）な顔（かお）をしながら、一ぽう（いっぽう）の手（て）で胸（むね）の動悸（どうき）をおさえ、片方（かたほう）の手（て）で、青年（せいねん）に一（ひと）つの『ぎやまん（：＝ガラス）』のかぶせ蓋（ふた）をしめした。4-50-4-18蓋の下（した）には、絹（きぬ）の財布（さいふ）が黒天鵞絨（くろビロード）の蒲団（ふとん）の上にのせて大切（たいせつ）そうに置（お）かれていた。4-50-4-19「じつは、この財布がどういうものなのか、ちょっと考（かんが）えていたのでした。4-50-4-20一（いっ）ぽうには紙片（しへん）が、一ぽうにはかなり立派（りっぱ）なダイヤモンドがはいっているように思いますが」。 4-50-4-21マクシミリヤンは、荘重（そうちょう）なようすで答（こた）えた。4-50-4-22「伯爵、これはわたしたちの家でいちばん大切（たいせつ）な宝物（たからもの）なのでございます」。4-50-4-23「なるほど、なかなかりっぱなダイヤモンドですな」と、モンテ・クリスト伯が言った。4-50-4-24「ですが、たといそれが十万フラン（じゅうまんフラン：＝１億円）いたしましても、兄（あに）は、そのダイヤモンドの価値（かち）のことを申しあげているのではございません。4-50-4-25その財布のなかにはい（はい）っているものが、さっきお話（はな）し申しあげました天使（てんし）のお形見（かたみ）だということを申しあげたかったのでございます」。 4-50-4-26「それはちょっとわかりかねますな。4-50-4-27だが、奥（おく）さま、お尋（たず）ねするのをさし控（ひか）えましょう」と、モンテ・クリスト伯は頭（あたま）をさげながら言（い）った。4-50-4-28「ごめんください。失礼（しつれい）なことを申しあげるつもりではございませんでした」。4-50-4-29「失礼でございますって？4-50-4-30そのお話をする機会（きかい）をお与（あた）えくださいましたら、むしろどんなに嬉（うれ）しいことでございましょう。4-50-4-31この財布が思い出させてくれるあのりっぱなことを秘密（ひみつ）にしておくつもりでしたら、なにもこうして人目（ひとめ）にふれるところに並（なら）べておきなどいたしません。4-50-4-32おお、できることなら、この財布を世界中（せかいじゅう）に見せ、どなたかわからないその御親切（ごしんせつ）な方（かた）がハッとなさるのを見（み）て、その方を見つけたいとさえ思っているのでございます」。 4-50-4-33「ほほう！」と、モンテ・クリスト伯は、息（いき）づまるような声（こえ）で言った。4-50-4-34「これは、」と、マクシミリヤンは『ぎやまん』のかぶせ蓋（ふた）を取（と）りのけ、うやうやしく絹（きぬ）の財布に接吻（せっぷん）しながら言った。4-50-4-35「これは、わたしを死（し）の淵（ふち）から救（すく）い出（だ）し、わたしどもを破滅（はめつ）から救（すく）い、一家（いっか）の名（な）を恥辱（ちじょく）から救（すく）ってくだすった方（かた）のお手（て）にふれたものなのでございます。4-50-4-36その方のおかげで、ほんらい貧苦（ひんく）と悲嘆（ひたん）に暮（く）れなければならなかったわたしどもが、今日（こんにち）、ひとさまから幸福（こうふく）と言（い）っていただけるような身分（みぶん）になれたのでございます。4-50-4-37この手紙（てがみ）、」と言いながら、マクシミリヤンは、財布のなかから一通（いっつう）の手紙を取（と）り出（だ）し、それを伯爵の前に出した。 4-50-4-38「この手紙は、父（ちち）がちょうどこれを最後（さいご）と絶望的（ぜつぼうてき）な決心（けっしん）をいたしました日（ひ）に、その方（かた）のお手（て）によって書（か）かれたものでございます。4-50-4-39そしてダイヤモンドは、どなたともわからないその御親切（ごしんせつ）な方から、妹（いもうと）の嫁入（よめい）り費用（ひよう）にと贈（おく）っていただいたものなのでございます」。4-50-4-40モンテ・クリスト伯は、手紙を開（ひら）いて、なんともいえぬ嬉（うれ）しそうなようすでそれを読（よ）んだ。4-50-4-41それは読者諸君（どくしゃしょくん）も御存（ごぞん）じの手紙、すなわち船乗（ふなの）りシンドバッドの名（な）においてジュリーに送（おく）られたところのものだった。

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ページ制作者：　（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
この本は、ささくら修道会の必読書
2017/9/18