３８（４）疑心は晴れず

3-38-4-1「だが、」と、フランツが言った。3-38-4-2「一行（いっこう）のなかに、コルシカの山賊（さんぞく）のいたのはどうしたわけだ？」。3-38-4-3「それがさ、何もふしぎはないじゃないか！3-38-4-4よく知ってるように、コルシカの山賊ってやつは、泥棒（どろぼう）じゃないんだ。3-38-4-5ただ何か復讐（ふくしゅう）をやって、町を追（お：本は逐）われるにいたったお尋（たず）ね者（もの）というにすぎないんだ。3-38-4-6だから、そんな者と会ったって、なにも身分（みぶん）にさわるなんてことはないのさ。3-38-4-7たとえばこの僕（ぼく）にしたって、もしコルシカへ行くようなことがあったら、総督（そうとく）や知事（ちじ）に紹介（しょうかい）してもらうまえに、見つけられさえしたら、コロンバの山賊に会わせてもらうな。 3-38-4-8僕は山賊が大好（だいす）きなんだ」。3-38-4-9「だが、バンパやその一党（いっとう）はどうなんだ？」と、フランツが言った。3-38-4-10「やつらは、人をつかまえて盗（ぬす）みをやる。3-38-4-11これについては異論（いろん）あるまい、それなのに、伯爵があんな連中（れんちゅう）に勢力（せいりょく）を持ってるってというのはどういうわけだ？」。3-38-4-12「だって、この僕は、その勢力という『やつ』のおかげで命拾（いのちびろ）いをしたらしいじゃないか。3-38-4-13してみると、僕には真っ向（まっこう）からそれをとやかくは言えないんだ。 3-38-4-14そこでだ、僕（ぼく）が、君（きみ）みたいに伯爵を大（たい）して咎（とが）め立てしないで、大目（おおめ）に見たにしたって別に異存（いぞん）はあるまいじゃないか。3-38-4-15ちと大袈裟（おおげさ）な言い分（ぶん）だが、命（いのち）の親（おや）、でないにしたところで、何しろ四千（よんせん）ピアストル、すなわちフランスの金にして、二万四千フラン（２４００万円）という『どえらい』金をもうけさせてくれたんだから。3-38-4-16フランスだったら、僕にたいして、誰一人（だれひとり）そんな値打（ねうち）をふんではくれまい。3-38-4-17つまり、」と、アルベールは笑いながらつけ加えた。3-38-4-18「予言者（よげんしゃ）その郷国（きょうこく）に貴（たっと）ばれず、さ」。 「ルカによる福音書」（預言者と郷里の関係） 4-20イエスは聖書を巻いて係りの者に返し、席に着かれると、会堂にいるみんなの者の目がイエスに注がれた。4-21そこでイエスは、「この聖句は、あなたがたが耳にしたこの日に成就した」と説きはじめられた。4-22すると、彼らはみなイエスをほめ、またその口から出て来るめぐみの言葉に感嘆して言った、「この人はヨセフの子ではないか」。 4-23そこで彼らに言われた、「あなたがたは、きっと『医者よ、自分自身をいやせ』ということわざを引いて、カペナウムで行われたと聞いていた事を、あなたの郷里のこの地でもしてくれ、と言うであろう」。4-24それから言われた、「よく言っておく。預言者は、自分の郷里では歓迎されないものである。 3-38-4-19「ところで、それがまさに問題（もんだい）なんだ。3-38-4-20いったい伯爵は、どこの国の人間（にんげん）なんだ？3-38-4-21どこの言葉を話すんだ？3-38-4-22どうして生活を立てているんだ？3-38-4-23あの莫大（ばくだい）な財産（ざいさん）はどこからきたんだ？3-38-4-24あの人を、ああした陰気（いんき）な世間（せけん）嫌（ぎら）いの人間（にんげん）にしてしまったもの、すなわち、あの人のふしぎな、どうもわからない前半生（ぜんはんせい）はどういうんだ？3-38-4-25これだ、もし僕が君だったらぜひ知りたいと思うのは」。 3-38-4-26「フランツ、」と、アルベールが言った。3-38-4-27「君が僕の手紙を受取り、これはどうしても伯爵の力（ちから）を借（か）りなければと思ったとき、君はあの人のところへ行ってこう言ったろう。3-38-4-28友だちのアルベール・ド・モルセールが危険な目に遭っています、どうか救ってやってください、って？」。 3-38-4-29「そうさ」。 3-38-4-30「そこでだ、伯爵は、君にこうしたことをたずねたかね。3-38-4-31アルベール・ド・モルセールさんって、どなたですかね？3-38-4-32どうしてそんな名前をおつけでしたかね？3-38-4-33どこから財産を手にお入れでしたかね？3-38-4-34どんな生活をしておいでですかね？3-38-4-35それにお国は？3-38-4-36お生まれは？3-38-4-37そんなことをきいたかね？」。 3-38-4-38「きかなかった」。 3-38-4-39「では、伯爵が救（すく）いにきてくれた、もうそれだけでたくさんなんだ。3-38-4-40彼は、僕をバンパの手から救ってくれた。3-38-4-41あすこでは、じつはいまだから白状（はくじょう）するが、見かけは偉（えら）そうに『見せて』いたが、内心（ないしん）びくびくしていたのさ、3-38-4-42ところでだ、僕は、あれだけのことをしてもらったお礼（れい）として、パリにくる『そこら』のロシヤの公爵やイタリーの公爵にしてやるようなことを頼（たの）まれたっていうだけなんだ。3-38-4-43社交界（しゃこうかい）への紹介（しょうかい）を。3-38-4-44それをことわれというのかい！3-38-4-45ばかもいいかげんにしてもらおう」。 3-38-4-46いままでとはちがって、今度はアルベールの言うことのほうがもっともだった。3-38-4-47「仕方（しかた）がない、」と、フランツは、溜息（ためいき）をついた。3-38-4-48「まあ好きなようにするがいいさ。3-38-4-49なるほど君が言い分はいかにももっともらしく聞こえるがね。3-38-4-50だが、モンテ・クリスト伯爵は、やっぱり怪（あや）しい人物（じんぶつ）だよ」。 3-38-4-51「モンテ・クリスト伯は慈善家（じぜんか）さ。3-38-4-52なんでパリへ行くのか、口（くち）に出しては言わなかったが、それはね、モンティヨン賞（著者註：十八世紀のフランスの有名な慈善家。その名による徳行賞を設定す）を張るためなのさ。3-38-4-53そして、それをもらうため、この僕の投票（とうひょう）と、それの係（かかわ）りのあの醜男（ぶおとこ：著者註：当時のアカデミー・フランセーズの事務総長。モンティヨン賞の受賞に関与す）の尻押（しりお）しのほうも引受けるつもりだ。 3-38-4-54さ、もうこの話は切り上げて、飯（めし）を食（く）いに行くとしようや。3-38-4-55そして、お暇（ひま）乞（ご）いに聖ペテロ寺院を見にいこうや」。 3-38-4-56すべてはアルベールの提案（ていあん）どおりにされた。3-38-4-57そして、翌日（よくじつ）午後五時、二人の青年は袂（たもと）を分（わか）った。3-38-4-58アルベール・ド・モルセールはパリへ帰るため、フランツ・デピネーは、一週間ばかりベネチヤへ行って来るため。 3-38-4-59だが、馬車へ乗（の）りしなに、アルベールはホテルのボーイにモンテ・クリスト伯への名刺（めいし）を渡した。3-38-4-60彼は、それほど招（まね）いた人が約束（やくそく）を忘（わす）れやしないかと心配（しんぱい）していた。3-38-4-61名刺の上には《子爵アルベール・ド・モルセール》とある字の下に、鉛筆（えんぴつ）で、 エルデ町二十七番地 五月二十一日午前十時半 と書かれていた。

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ページ制作者：（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書
2017/5/27