３８（２）三ヵ月後パリにて

3-38-2-1「いや、そんなことなら、伯爵、喜（よろこ）んで、そして見事（みごと）にやってお目にかけましょう」と、アルベールは答えた。3-38-2-2「とりわけ喜んで御用（ごよう）が勤（つと）まるであろうというわけは（フランツ、あまり僕をばかにするなよ！）じつは今朝（けさ）手紙（てがみ）がきまして、パリへ帰るようになりました。3-38-2-3問題（もんだい）は、つまりわたくしのことで、ある気持（きもち）のいい家庭（かてい）、パリの社交界（しゃこうかい）でこのうえなく羽振（はぶ）りのいい家庭との間（あいだ）」に、或（あ）る事件（じけん）が持（も）ちあがっているというわけでして」。 3-38-2-4「結婚（けっこん）という事件かな？」と、笑いながらフランツが言った。3-38-2-5「そうなんだ！3-38-2-6だから、今度（こんど）君（きみ）がパリへ帰（かえ）ってくる頃（ころ）には、僕も『ちゃん』と落（お）ちついて、たぶん父親（ちちおや）になってることだろう。3-38-2-7どうだい、僕（ぼく）は元来（がんらい）大（おお）真面目（まじめ）なたちなんだ、きっと似合（にあ）うと思うんだ。3-38-2-8だが、何はともかく、伯爵、も一度（もいちど）申しあげておきますが、わたくしにしても、わたくしの家庭にしましても、あなたのためにはあらゆることをいたしましょう」。 3-38-2-9「その御厚意（ごこうい）にあまえましょう」と、伯爵は言った。3-38-2-10「いままで長いこと考えていた計画（けいかく）を実行（じっこう）するため、これまでそうした機会（きかい）がなかったので」。3-38-2-11フランツは、その計画というのが、モンテ・クリスト島（とう）の洞穴（ほらあな）のなかで、ちょっと一言（ひとこと）伯爵の唇（くちびる）から洩（も）れたあの計画であるにちがいないと思った。3-38-2-12そして、伯爵の口もとを見つめながら、パリへ行こうというのがどういう計画のためであるか、それを窺（うかが）ってみようとした。3-38-2-13だが、伯爵の心のうちまで見透（みとお）すことは、とりわけそれが微笑（びしょう）にかくされている場合、きわめて困難（こんなん）なことだった。3-38-2-14しかも伯爵は、それを微笑でかくしていた。 3-38-2-15「ですが、伯爵」と、アルベールは、モンテ・クリスト伯のような人物（じんぶつ）を紹介できるというので有頂天（うちょうてん）になっていた。3-38-2-16「それは、われわれが旅行中に立てる計画のように、空中（くうちゅう）楼閣（ろうかく）とでもいったように風（かぜ）が吹（ふ）くとすぐ消（き）えてしまうのではありますまいか？」。3-38-2-17「いや、断（だん）じて」と、伯爵が言った。3-38-2-18「わたしはパリへ行きたいのです。3-38-2-19行かなければならないのです」。3-38-2-20「それはいつ頃（ごろ）？」。 3-38-2-21「あなたはいつ頃（ごろ）パリにおいでです？」。3-38-2-22「わたしですか？」と、アルベールは言った。3-38-2-23「二週間（にしゅうかん）、遅（おそ）くも三週間（さんしゅうかん）の後（のち）。3-38-2-24つまり、ここから帰るだけの日数（にっすう）です」。3-38-2-25「それでは！」と、伯爵が言った。3-38-2-26「三（ヶ）月（さんかげつ）してからということにしましょう。3-38-2-27じゅうぶん余裕（よゆう）をみてあるわけですよ」。3-38-2-28「では、三ヶ月したら、」と、アルベールは嬉（うれ）しそうに叫（さけ）んだ、「宅（たく）をお訪（たず）ねくださいましょうか？」。 3-38-2-29「いかがです、同じ日（ひ）、同じ時刻（じこく）にとお約束（やくそく）しては？」と、伯爵が言った。3-38-2-30「あらかじめ申しあげますが、わたしは、時間（じかん）には気違（きちが）いのように正確（せいかく）でして」。3-38-2-31「同じ日、同じ時刻」と、アルベールは言った。3-38-2-32「けっこうですな」。3-38-2-33「では、そういうことにきめましょう」そう言いながら伯爵は、鏡（かがみ）のそばに懸（か）かっていた暦（こよみ）のほうへ手を差し伸べた。 3-38-2-34「今日（きょう）が二月の二十一日（こう言いながら時計を出した）。3-38-2-35いまは午前（ごぜん）十時半（じゅうじはん）。3-38-2-36では、五月二十一日、午前十時半にお待ちいただいていいでしょうか？」。3-38-2-37「けっこう！」と、アルベールが言った。3-38-2-38「午餐（ごさん）の用意（ようい）をしておきます」。 3-38-2-39「で、お住居（じゅうきょ）は？」。3-38-2-40「エルデ町二十七番地」。3-38-2-41まだ部屋住（へやず）みでおいででしょうな？3-38-2-42御迷惑（ごめいわく）ではないでしょうか？」。3-38-2-43「父の邸（やしき）に住（す）んでおります。3-38-2-44でも、まったく離（はな）れた、庭（にわ）の奥（おく）の離（はな）れにおります」。3-38-2-45「けっこうです」。3-38-2-46伯爵は、手帳（てちょう）を取りあげると、そのなかに書きつけた。3-38-2-47《エルデ町二十七番地、五月二十一日、午前十時半》。3-38-2-48「では、」と、伯爵は手帳をポケットにおさめながら言った。3-38-2-49「御安心（ごあんしん）ください。3-38-2-50お宅の時計の針（はり）にしても、わたしほど正確（せいかく）とはいきますまい」。 3-38-2-51「発（た）つ前に、も一度お目にかかれましょうか？」と、アルベールがたずねた。3-38-2-52「それは時と場合によりますな。お発（た）ちはいつです？」。3-38-2-53「明日（あす）、晩（ばん）の五時です（読者註：今日が水曜なので、木曜の晩）」。3-38-2-54「では、ここでさよならを申しあげましょう。3-38-2-55ナポリに用件（ようけん）がありましてね、土曜（どよう）の晩か日曜（にちよう：ちなみにイタリーでは日曜はドメニカ（主の日：復活の曜日）という）の朝でなければ戻りませんから。3-38-2-56で、あなたは？」と、伯爵は、フランツのほうを向いて、「あなたもやはりお発（た）ちですか、男爵（だんしゃく）？」。 3-38-2-57「ええ」。3-38-2-58「フランスへ？」。3-38-2-59「いいえ、ベネチヤです。3-38-2-60わたしはまだ一年か二年はイタリーにおります」。3-38-2-61「では、パリではお目にかかれませんな？」。3-38-2-62「残念（ざんねん）ながら」。3-38-2-63「では、お二人とも、御機嫌（ごきげん）よう」。3-38-2-64こう言いながら、伯爵は、二人の青年（せいねん）に両方（りょほう）の手を一つずつ差し伸べた。3-38-2-65フランツは、はじめてこの人の手にさわりながら、思わず飛（と）びあがらずにはいられなかった。3-38-2-66手は、まるで死人（しにん）の手とでもいったように、氷（こおり）のように冷（つめ）たかった。 3-38-2-67「では、も一度申しますが、と、アルベールは言った。3-38-2-68「しっかりお約束ができましたな？3-38-2-69エルデ町二十七番地、五月二十一日、午前十時半」。3-38-2-70「五月二十一日、午前十時半、エルデ町二十七番地」と、伯爵がくり返した。3-38-2-71それから、二人（ふたり）の青年は、伯爵に挨拶（あいさつ）をして室（しつ）に帰った。

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ページ制作者：（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書
2017/5/25