３７（２）ブラチヤノ邸(てい)

3-37-2-1侯爵の言葉にちがいはなかった。3-37-2-2フランツを見つけると、召使（めしつかい）は彼の方へ近づいてきて、「閣下（かっか）」と言った。3-37-2-3「ロンドン・ホテルの主人から、モルセール子爵（ししゃく）さまからのお手紙（てがみ）を持参（じさん）した一人の男が、ホテルでお待ち申していると申してまいりました」。3-37-2-4「子爵の手紙を持って？」と、フランツは声を立てた。 3-37-2-5「さようでございます」。 3-37-2-6「で、どんな男だね？」。 3-37-2-7「わたくしは存じません」。 3-37-2-8「なぜその手紙をここへ持ってこないんだろう？」。 3-37-2-9「それにいついては、使いの者は、なにも申しておりませんでした」。 3-37-2-10「その使いの者はどこにいるんだね？」。 3-37-2-11「わたくしがお伝えしようと舞踏室（ぶとうしつ）に入るのを見まして、すぐ帰ってまいりました」。3-37-2-12「やれやれ！」と、伯爵夫人はフランツに言った。3-37-2-13「早くいらしってごらんなさい。3-37-2-14ま、お気の毒な。3-37-2-15きっと何か起こったんですわ」。 3-37-2-16「行ってみましょう」と、フランツが言った。3-37-2-17「あとからようすをお知らせくださる？」と、伯爵夫人がたずねた。3-37-2-18「ええ、事（こと）が重大（じゅうだい）でないようでしたら。3-37-2-19もしそうだったときには、わたし自身（じしん）もどうなることかわかりませんから」。3-37-2-20「なんにしても、じゅうぶん御用心（ごようじん）なさいましね」と、伯爵夫人が言った。3-37-2-21「御安心ください」。 3-37-2-22フランツは、帽子（ぼうし）を取るなり、大急（おおいそ）ぎで飛び出した。3-37-2-23彼は、二時（にじ）に迎（むか）いに来るようにと言いつけて、馬車を返してしまっていた。3-37-2-24だがつごうのいいことに、一ぽう（いっぽう）はクール町、一ぽうは聖使徒広場（せいしとひろば）へ向かっているブラチヤノ邸（てい）は、ロンドン・ホテルからわずか十分（じゅっぷん）ほどのところにあった。

（イタリヤ語） 3-37-2-22　Franz prese il copricapo e parti di gran carriera. Aveva rimandato indietro la vettura dando ordine per le due; fortunatamente pero palazzo Bracciano, che affacciava da un lato su via del Corso e dall'altro su piazza dei Santi Apostoli, dista appena dieci minuti di strada dall'albergo Londra.

3-37-2-25ホテルの近くまでやって来たとき、フランツは、長い外套（がいとう）に身を包（つつ）んだ一人の男が往来（おうらい）の真中（まんなか）に立っているのを見た。3-37-2-26一目（ひとめ）で『てっきり』アルベールからの使いの者と見て取れた。3-37-2-27そして、男の方へ近づいて行くと、驚いたことに、男のほうから言葉をかけた。3-37-2-28「どうなさるおつもりです、閣下（かっか）？」と、男は、さも身をまもろうとするように一足（ひとあし）後（あと）にさがって言った。3-37-2-29「君だね、モルセール子爵からの手紙を持ってきたというのは？」と、フランツがたずねた。 3-37-2-30「閣下は、パストリーニ（亭主の名前）のホテルにお泊（とま）りの方ですね？」。3-37-2-31「そうだ」。3-37-2-32「閣下は、子爵（ししゃく）といっしょに旅行（りょこう）なすっておいでの方ですね？」。 3-37-2-33「そうだ」。 3-37-2-34「お名前は？」。 3-37-2-35「フランツ・デピネー男爵」。 3-37-2-36「では、この手紙はたしかに閣下宛（あ）てのものでございます」。 3-37-2-37「返事がいるのか？」と、フランツは、男の手から手紙を受取りながら言った。3-37-2-38「と思います。3-37-2-39なにしろお友だちはきっとそれをお待ちでございましょうから」。3-37-2-40「あがりたまえ、返事を書くから」。3-37-2-41「ここでお待ちいたします」と、使いの男は笑いながら言った。 3-37-2-42「なぜだね？」。 3-37-2-43「お読みになったらおわかりになります」。 3-37-2-44「では、ここで待っているね？」。 3-37-2-45「もちろん」。 3-37-2-46フランツは、ホテルにはいった。3-37-2-47彼は階段（かいだん）で亭主に出会った。 3-37-2-48「いかがでした？」と、亭主がたずねた。3-37-2-49「何がいかがでした、だ」と、フランツが答えた。3-37-2-50「お友だちからのお使いといって、お目にかかりにきた男とお会いでしたか？」と、亭主がたずねた。3-37-2-51「会ったさ」と、フランツは答えた。3-37-2-52「この手紙を渡したよ。3-37-2-53室に『あかり』をつけさせてもらおう」。3-37-2-54亭主は、ボーイに向かって、蝋燭（ローソク）を持ってフランツのさきに立って行くように命じた。3-37-2-55青年（せいねん）は、亭主がなんだかソワソワしているのを見て、さらにその手紙を読みたい気持をそそられた。

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ページ制作者：（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
オリジナル教会・ささくら修道会・必読書
2017/5/13