３３（１７）バンパ「船乗りシンドバッド」

 2-33-17-1バンパを見つけますと、旅人（たびびと）は馬を飛ばしてやってきました。2-33-17-2バンパの察しどおり、パレストリーナからチボリへ行こうとしていた旅人が、路（みち）に迷っていたのでした。2-33-17-3若者は路を教えてやりましたが、そこから三分の一マイル（１．６ｋｍ／３＝５００ｍ）も行くと路が三つの小径（こみち）にわかれていました。2-33-17-4で、せっかくそこまで行ってもまた迷うおそれのあることを思って、旅人は、バンパに案内してくれないかと頼みました。2-33-17-5バンパは外套（がいとう）をぬいで地面（じめん）に置き、肩（かた）には鉄砲（てっぽう）を投げかけました。2-33-17-6こうやって重い着物をかなぐり棄てると、馬の足でもついて行けそうもない、山国（やまぐに）の者（もの）特有（とくゆう）の早い足取りで、旅人の先に立ってまいりました。2-33-17-7十分（じゅっぷん）もすると、バンパと旅人とは、その分かれ道（本は岐れ路）のところへ着きました。2-33-17-8そこまでくると、バンパはさも皇帝（こうてい）でもするようなおごそかな身ぶりで、三筋（みすじ）の路のうち、旅人のたどる一つの路の方を指しました。

2-33-17-9『この路なんです』と、彼は申しました。2-33-17-10『間（ま）ちがいっこありません』。2-33-17-11『さあ、これは褒美（ほうび）だよ』と、旅人は、若い羊飼（ひつじかい）のほうへ小銭（こぜに）を何枚（なんまい）か出しながら申しました。2-33-17-12『けっこうです』と、バンパは手を引っこめながら申しました。2-33-17-13『僕は、お役に立ったまでです。2-33-17-14それを売り物にしたくはありませんから』。2-33-17-15『では、』と旅人は申しました。2-33-17-16都会人（とかいじん）の奴隷根性（どれい・こんじょう）と、田舎（いなか）の人の自尊心（じそんしん）とのちがいを、すっかり呑（の）み込（こ）んででもいるらしいようすで。

2-33-17-17『では、金（かね）は受けないにしたところで、贈物（おくりもの）だったらもらってくれるね？』。2-33-17-18『ええ、それなら別です』。2-33-17-19『よろしい』と、旅人は申しました。2-33-17-20『このベネチヤのスカン（貨幣の名）を二つあげよう。2-33-17-21これをお前の許嫁（いいなずけ）にやって、耳輪（みみわ）を一対こしらえてやるんだ』。2-33-17-22『では、僕はこの短刀を上げましょう』と、若い羊飼いは言いました。2-33-17-23『アルバノからチビタ・カステラナまで行ったって、柄の彫刻がこれほどよくできているものはありませんぜ』。
 
 
2-33-17-24『もらおう、』と、旅人は申しました。2-33-17-25『だが、これではわたしのほうが借（か）りになる。2-33-17-26この短刀は２スカン（２０万円）以上もするだろうから』。2-33-17-27『商人だったらそうでしょう。2-33-17-28でも、それを自分で彫った僕にとっては、たかだか１ピアストル（１万円）くらいなもんでしょう』。2-33-17-29『君の名前は？』と、旅人がたずねました。2-33-17-30『ルイジ・バンパ』と、羊飼いは、まるで自分がマケドニヤの王アレキサンドル（アレキサンダー大王はギリシャ中部マケドニヤの出身）、とでも答えているようなようすで申しました。

2-33-17-31『あなたは？』。2-33-17-32『わたしかい、』と旅人は申しました。2-33-17-33『わたしは船乗りのシンドバッドというものだ』」。

2-33-17-34フランツは驚きの声をあげた。2-33-17-35「船乗りシンドバッド！」と、彼は言った。2-33-17-36「そうなんでございまして」と、話をしていた亭主が言った。2-33-17-37「それが自分の名だと、旅人がバンパに申したんでございますよ」。2-33-17-38「ほほう！で、その名がいったいどうだって言うんだい？」と、アルベールが口を挟（はさ）んだ。2-33-17-39りっぱな名前だ。2-33-17-40白状（はくじょう）すると、その人の先祖（せんぞ）のやったいろいろな冒険（ぼうけん）の話は、子供のじぶんずいぶん面白（おもしろ）がらせてくれたものだが」。

2-33-17-41フランツはそれ以上こだわらなかった。2-33-17-42船乗りシンドバッドの名は、諸君（しょくん）もおわかりのことと思うが、昨夜（さくや：きのう）聞いたモンテクリスト伯の名と同じように、彼の胸に無数な記憶をよみがえらせていたのだった。2-33-17-43「話をつづけた！」と、彼は亭主に言った。
 
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引用者：2016/9/27　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義