３３（１８）バンパ「二人(ふたり)の晴(は)れ姿(すがた)」

2-33-18-1「バンパは鷹揚（おうよう）な態度で、２スカンをポケットにおさめました。2-33-18-2そしていまきた路（みち）をゆるゆる取ってかえしました。2-33-18-3洞穴（どうけつ）まで二三百歩（に・さん・びゃっぽ）のところにきましたとき、何やら叫（さけ）び声が聞こえたように思いました。2-33-18-4バンパは立ち止まって、それがどちらの方角（ほうがく）から聞こえたのかと、耳を澄（す）まして聞き入りました。2-33-18-5そして、一瞬間（いっしゅん・かん）の後、自分の名がはっきり叫ばれたのを耳にしました。2-33-18-6声は洞穴のほうからきたのでした。 2-33-18-7バンパは『かもしか』のように踊り（おどり：本は跳り）はね、走りながら鉄砲（てっぽう）に弾丸（だんがん）をこめて、一分（いっぷん）とたたないうちに、さっき旅人の姿があらわれたのと反対（はんたい）の方角にある、小さな丘（おか）の頂（いただ）きにのぼりました。2-33-18-8そこまで行くと、『助けて！』という叫び声は、まえよりずっと『はっきり』聞こえました。2-33-18-9バンパは眼下（がんか）に目を投げました。2-33-18-10一人の男が、人馬（じんば：サントール）のネッシュスがデジャネール（神話中に出てくるハーキュリーズの妻。ネッシュスに誘拐されようとして危うく夫の矢によって助けられた：ハーキュリーズとはヘラクレスのこと、ちなみにエルキュール・ポアロのエルキュールは同じくヘラクレスのこと）を誘拐（ゆうかい）しようとしたときさながら、いままさにテレザを奪（うば）って行くところでした。 2-33-18-11森のほうへ向かっているその男は、すでに洞穴から森までの道の四分の三ほどのところまで行っていました。2-33-18-12バンパは距離（きょり）をはかりました。2-33-18-13男は彼よりも二百歩ばかり先へ行っていました。2-33-18-14したがって、男が森へ行くまでに追いつくことはちょっとできない芸当（げいとう）でした。2-33-18-15若い羊飼いは、まるで足に根（ね）が生えたように立ち止まりました。2-33-18-16彼は鉄砲の台尻（だいじり）を肩（かた）に当て、ゆるゆるその男のほうへ銃口（じゅうこう）をあげ、しばらく男の歩みの跡（あと）を追っていると見る間（ま）に、たちまち一発（いっぱつ）放（はな）ちました。 2-33-18-17男は急に立ち止まりました。2-33-18-18がっくり膝（ひざ）が崩（くず）れたと思うとテレザをいっしょに引きずって、そのままその場（ば）に倒（たお）れました。2-33-18-19だが、テレザはすぐに起きあがりました。2-33-18-20男は倒れたまま、断末魔（だんまつま）の痙攣（けいれん）を起こして『のた』打ちまわっておりました。 2-33-18-21バンパはすぐにテレザのほうへかけつけました。2-33-18-22それというのは、死にかけている男のそばから十歩（じゅっぽ）ばかりも行ったと思うと、彼女も『ばったり』倒（たお）れたからで。2-33-18-23若者は、敵（てき）を殺したその弾丸で、自分の許嫁（いいなずけ）までも傷（きず）つけたのではなかろうかと、おそろしいほど心配（しんぱい）でした。2-33-18-24ところが、幸（さいわ）いそれはなんでもなく、ただ恐ろしいと思う気持（きもち）が、テレザをがっくりさせたためなのでした。2-33-18-25彼女のつつがなかったことをたしかめると、バンパは傷ついている男のほうへ近寄（ちかよ）りました。2-33-18-26男は拳（こぶし）を握（にぎ）りしめ、口（くち）は苦悩（くのう）のためにひきつれ、断末魔（だんまつま）の汗（あせ）を流しながら、髪（かみ）は逆立（さかだ）ち、息を引きとったばかりのところでした。2-33-18-27男は、眼をかっとあけていて、見るも恐ろしいありさまでした。 死骸はククメット 2-33-18-28バンパは死骸（しがい）に近寄りました。2-33-18-29そして、それがククメットであることを見てとりました。2-33-18-30二人の若い男女に助けられたその日から、ククメットはテレザに心をひかれはじめました。2-33-18-31そして、あの娘を、きっとわが物にして見せるぞと誓（ちか）いました。2-33-18-32その日から、彼は娘をねらい始めました。2-33-18-33バンパが旅人に道を教えるため、テレザ一人を残して行ったのを見澄（みす）ました彼は、時こそ来れと女を奪（うば）い、もうこれでわが物になったぞと思った途端（とたん）、バンパの放（はな）った一弾（いちだん）は、狙（ねら）いたがわず彼の心臓（しんぞう）を貫（つらぬ）きました。 2-33-18-34バンパは、しばらくのあいだ、顔色（かおいろ）一つ変えずに山賊の姿をながめていました。2-33-18-35だが、テレザのほうはふるえがとまらず、少しずつ山賊の死骸の方へよって行き、恋人（こいびと）の肩越（かたご）しに、ためらいながらそれを『ちら』とながめました。2-33-18-36しばらくして、バンパは愛する娘のほうをふり向きました。2-33-18-37『やあ！』と、彼は申しました。2-33-18-38『着物を着たな。2-33-18-39そりゃよかった。2-33-18-40今度は、このおれが支度（したく）をするんだ』。 2-33-18-41なるほどテレザは、頭から爪先（つまさき）まで、サン・フェリーチェ伯爵のお嬢さんの衣装を、身につけました。2-33-18-42バンパは、ククメットの体を抱（だ）きあげて、それを持って洞穴なかへはいりました。2-33-18-43そのあいだテレザは外で待っていました。2-33-18-44もしもこのとき、第二の旅人がここを通りかかりましたら、おそらくふしぎな光景を見せられたことでございましょう。 2-33-18-45それは、一人の女の羊飼いが、カシミヤの着物をつけ、耳輪（みみわ）や、真珠（しんじゅ）の首飾（くびかざ：本は頸）りや、ダイヤモンドのピンだとか、青玉（せいぎょく）、碧玉（へきぎょく）、紅玉（こうぎょく）などのボタンをつけて、羊の番をしておりましたから。2-33-18-46おそらく旅人は、フロリアン（十八世紀におけるフランスの童話作家）時代に立ちもどりでもしたように思ったことでございましょう。2-33-18-47そして、パリへ帰ると、サビーヌの山麓（さんろく）で、アルプスの羊飼いに出あったとでも言い張（は）ることでございましょう。 2-33-18-48十五分（ふん）ばかりいたしますと、今度はバンパが洞穴の中から出てきました。2-33-18-49彼の衣装は、テレザのそれに劣らぬほど、『だて』をきわめておりました。2-33-18-50彫（ほり）をした黄金のボタンのついた『ざくろ』色の『びろうど』の上衣（じょうい）、いっぱい刺繍（ししゅう）をした絹（きぬ）のチョッキ、頸（くび）の周（まわ）りにまいたローマ風の肩掛（かたかけ）、金糸（きんし）だとか、赤、青の絹で縫（ぬ）いつぶしにされた弾薬盒（だんやく・ごう：小銃の弾薬を携帯するための小型の箱（盒）である）、膝（ひざ）の上でダイヤモンドの留金（とめがね）でとめられた空色（そらいろ）の青い『びろうど』のキュロット、色さまざまな唐草（からくさ）模様（もよう）で飾られた『あら』皮のゲートル、いろいろな色のリボンに波打たせた帽子。2-33-18-51帯のところには時計が二つさがっており、弾薬盒のところには、すばらしい短刀が一（ひと）ふりはさまれていました。 2-33-18-52テレザは、驚嘆（きょうたん）の声を発しました。2-33-18-53こういう服装のバンパの姿（すがた）は、レオポール・ロベールか、シュネッツの画をそのままでした。2-33-18-54つまり、ククメットの着物（きもの）全部を身につけてしまっておりましたので。2-33-18-55若者は、自分の姿に、許嫁がどれほど心を動かしたかを見て取りました。2-33-18-56そして、誇（ほこ）らかな微笑をその唇に浮かべました。2-33-18-57『どうだい、』と、かれはテレザに向かって申しました。2-33-18-58『たといどんなことがあっても、このさきおれと運命を一つにすることができるかい？』。 2-33-18-59『できるわよ！』と、少女は昂奮（こうふん）しきって叫びました。2-33-18-60『おれの行くところへはどこでも行けるか？』。2-33-18-61『世界の果てでも』。

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引用者：2016/9/28　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義