３３（１９）バンパ「首領に選出」

2-33-19-1『では、このおれの腕（うで）を取るんだ。2-33-19-2そして、出かけよう。ぐずぐずしてはいられないんだ』。2-33-19-3少女は恋人の腕の下に自分の腕をあずけました。2-33-19-4いったいどこへつれて行かれるのか、あらためて聞こうともしませんでした。2-33-19-5それほどまでに、このときの彼の姿は、神のように凛々（りり）しく、堂々（どうどう）として、それに力（ちから）に溢（あふ）れていましたから。2-33-19-6こうして二人は、森へわけ入ってまいりました。2-33-19-7そして幾分（いくふんなら『数分』：いくぶんなら『いくらか』）かの後、二人は、すでに森の入口（いりぐち）を通り過ぎておりました。 2-33-19-8この山のなかのあらゆる小道（こみち：本は小径）を、バンパが知りすぎるほど知っていたのは、申しあげるまでもございますまい。2-33-19-9で、たとい道がありませんでも、木々の具合（ぐあい：本は工合）とか藪畳（やぶだた：一面に茂った藪。藪がいく重にも重なって茂っている所）みの模様（もよう）とかを見ただけで、どちらの道を取るべきかすぐに判断できる彼だったので、すこしもためらわずに森のなかを進みました。2-33-19-10二人はこうしておよそ一時間（いちじかん）半（はん：３０分）ばかりも歩きました。 2-33-19-11やがて、二人は森の一番（いちばん）繁（しげ）りあったあたりへきました。2-33-19-12水の涸（か）れた流れがあって、それが深い谷間（たにま）のほうへ導（みちび）いて行ってくれていました。2-33-19-13バンパは、この妙（みょう）な道をたどりました。2-33-19-14両方を岩に囲まれ、松の木の深い影に昼なお暗いその道は、もしその下（くだ）りが楽（らく）ででもなかったとしたら、ウェルギリウスの歌っているアベルヌの小道にそのままでした。 2-33-19-15このさびしい、人っ子（ひとっこ）一人（ひとり）いないところを見て恐ろしくなったテレザは、何一つ（なにひとつ）口をきこうとしないで、ただその案内者のほうへ身をよせていました。2-33-19-16しかし、バンパはいつもと変わらぬ足取りで歩きつづけ、その顔の上には深い落ちつきのかげがあるのを見ますと、自分もやっと心の動きをかくすことができたのでした。 2-33-19-17と、二人の前（まえ）十歩（じゅっぽ）がかりのところに、一人の男が、いままでそこにかくれていた木の蔭（かげ）から姿（すがた）をあらわし、バンパに向かって銃（じゅう）の狙（ねら）いをきめました。2-33-19-18『止まれ！』と、その男は叫びました。2-33-19-19『動くと撃（う）つぞ』。2-33-19-20『何を言ってるんだ』と、バンパは、ばかにしたような身ぶりで手を挙（あ）げました。2-33-19-21テレザは、恐ろしさをかくし得ないで、バンパの方（ほう）に身をよせました。2-33-19-22『狼（おおかみ）同士（どうし）、咬（か）み合（あ）うっていう法（ほう）がどこにあるんだ!』。 2-33-19-23『おまえは誰だ？』と、見張りの男が申しました。2-33-19-24『ルイジ・バンパだ。2-33-19-25サン・フェリーチェの農園の羊飼いだ』。2-33-19-26『なんの用だ？』。2-33-19-27『ロッカ・ビアンカの空地（あきち）にいるお前の仲間たちに話があるんだ』。2-33-19-28『じゃあ後（あと）からついてくるがいい』と、男は申しました。2-33-19-29『いや、それよりお前知ってるっていうんだから、先に立って行くがいい』。2-33-19-30バンパは、さげすんだようすで、この山賊の用心（ようじん）深さをせせら笑い、テレザといっしょに前に立って、ここへきたときと同じような、しっかりした落ちついた足取りでその道を歩いてまいりました。 2-33-19-31五分も行ったかと思いますと、山賊は『止まれ』という合図をいたしました。2-33-19-32二人は、言われるままにいたしました。2-33-19-33山賊は三度（さんど）鴉（からす）の啼（な）き声の真似（まね）をしますと、やはり鴉の啼き声が、この三度呼んだ声にたいして答えました。2-33-19-34『よし』と、山賊は申しました。2-33-19-35『そのまま行ってよろしいんだ』。2-33-19-36バンパとテレザはふたたび道をつづけました。2-33-19-37だが進むにつれて、テレザは身ぶるいして、恋人に体をすりよせました。2-33-19-38木々のあいだに、武器（ぶき）が見えたり、鉄砲（てっぽう）の銃先がきらきらしていたからなので。 2-33-19-39ロッカ・ビアンカの空地というのは、昔（むかし）噴火山（ふんか・ざん）だったにちがいない小さな山の嶺（みね）のところにございました。2-33-19-40噴火山とは申しましても、それはレミュスとロミュリュス（二人ともに、伝説に言われるところのローマの建設者）が、アルブの国を逃れてローマを建設しにくる前に、すでに火を吐（は）かなくなっていた火山（かざん）でして。2-33-19-41テレザとバンパはその嶺までくると、およそ二十人ばかりの山賊の前に立ちました。2-33-19-42『この若い衆がみんなを探していてな、なんでも話があるっていうこった』と、見張り番の男が申しました。2-33-19-43『いったいなんの話があるんだ？』と、首領の留守（るす）に、その名代（みょうだい）をやっている男がたずねました。 2-33-19-44『おれは羊飼いをやってるのに飽（あ）きあきしたんだ』と、バンパが申しました。2-33-19-45『わかった』と、名代が申しました。2-33-19-46『で、おれたちの仲間いりをしたいって言うわけなんだな？』。2-33-19-47『よく来たな！』と、バンパを知っているフェルシーノ、パンピナーラ、アナーニ附近の五六人（ご・ろく・にん）の山賊がどなりました。2-33-19-48『そうなんだ。2-33-19-49ところがおれは、仲間というのではなしに、も一つ註文（ちゅうもん）があってやって来たんだ』。2-33-19-50『註文とは？』と、山賊どもは驚きながら申しました。 2-33-19-51『おれは、お前たちの『かしら』になるつもりでやってきたんだ』と、若者は申しました。2-33-19-52山賊どもはカラカラ笑い出しました。2-33-19-53『そんなどえらいことを望むなんて、お前いったい何をやってきたんだ？』と、名代がたずねました。2-33-19-54『お前たちの『かしら』のククメットのやつをやっつけたのさ。2-33-19-55ほら、これがあいつの脱け殻（ぬけがら）なんだ』と、バンパが申しました。2-33-19-56『それからおれは、許嫁の女に婚礼（こんれい）衣裳（いしょう）をやろうと思って、サン・フェリーチェのお邸（やしき）に火をつけたんだ』。 2-33-19-57一時間の後、ルイジ・バンパは、ククメットの代（か）わりとして首領（しゅりょう）に選ばれておりました」。

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引用者：2016/9/28　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義