２７（６）ダングラールの成功

2-27-6-1「では、もしやモレルさんは不幸（ふこう）な境遇（きょうぐう）にでも！」と、司祭が叫んだ。2-27-6-2「ほとんど落ち目と申しあげてよろしいくらいで。2-27-6-3はい、それよりも、いまにもお名前に傷がつこうとしておりまして」。2-27-6-4「それはまたどうして？」。2-27-6-5「こうなのでございます」と、カドルッスはつづけた。2-27-6-6「二十五年もお働（はたら）きになり、マルセイユの商業界（しょうぎょうかい）でも押（お）しも押されもしない地位（ちい）におなりなのに、すっかり『すって』　おしまいでした。2-27-6-7二年のあいだに船を五隻（ごせき）もおなくしになる。
 
 
2-27-6-8銀行（ぎんこう）のひどい破産（はさん）に三遍（さんべん）までもお会いになる。2-27-6-9いまはただ、昔（むかし）ダンテスが指揮（しき）していたファラオン号が、コチニール（紅色の染料？）とインディゴー（藍色の染料？）を積んでインドから帰ってくるのを、ただ一筋（ひとすじ）のたのみにしておいでになります。2-27-6-10もし、この船も他の船同様帰ってこないとなりましたら、まったくの破産（はさん）でございましょう」。

2-27-6-11「そして、そのお気の毒（どく）な方（かた）には奥（おく）さんや子供衆（こどもしゅう）もおありですか？」と、司祭がたずねた。2-27-6-12「はい。そんな憂（う）き目のあいだにも、まるで聖女のような奥さまと、お嬢さまお一人。2-27-6-13この方は御自分の愛していらっしゃる方と近々（ちかぢか）結婚なさることになっていますが、御両親としては、破産したものが娘をかたづけるのは厭（いや）だとおっしゃっておいでになります。2-27-6-14それに、陸軍（りくぐん）中尉（ちゅうい）の御子息（ごしそく）さんがおありでして、2-27-6-15奥さんや子供衆がおありになっても、お気の毒な旦那（だんな）のお苦しみが和（やわ）らぐどころか、かえってひとしお増していることがおわかりでしょう。2-27-6-16お一人だったら、ズドンと一発（いっぱつ）、それで万事（ばんじ）片づいてしまいましょうし」。

2-27-6-17「恐ろしいことだ！」と、司祭はつぶやいた。2-27-6-18「旦那（だんな）さま、神さまが人の善（よ）い行（おこな）いをお褒（ほ）めくださるというのは、まずこんなものでございますよ」と、カドルッスは言った。2-27-6-19「たとえば、わたしにしろ、あなたにお話し申しあげたこと以外に、間違ったことはただの一度もしませんでした。2-27-6-20それなのに、こうした貧乏（びんぼう）暮（く）らしをいたしております。2-27-6-21女房（にょうぼう）が熱病（ねつびょう）に罹（かか）ったといっても、なに一つしてやれず、それを見殺（みごろ）しにいしている上に、自分もダンテスの爺さん同様、飢え死にするほかはありますまい。2-27-6-22一ぽう（いっぽう）フェルナンとダングラールのやつときたら、うなるほどの金（かね）を溜（た）めこんでいまして」。

2-27-6-23「それはまたどうして？」。2-27-6-24「運（うん）が向いたんでございますな、正直者には悪い運ばかり出ましてね」。2-27-6-25「で、ダングラールはどうなりました？2-27-6-26いちばんの悪党（あくとう：意味はわるいやつ）でしょう、けしかけたのはその男でしょう？」。2-27-6-27「どうなったかとおたずねですか？やつはマルセイユを立ち退（の）きまして、やつの犯（おか）した罪を御存（ごぞん）じないモレルさんの御推薦（ごすいせん）で、スペインの銀行家のところへ手代（てだい）になって住（す）みこみました。2-27-6-28そしてスペイン戦争のときに、フランス軍の御用（ごよう）の一部を務（つと）めましてね、一財産（ひとざいさん）つくりあげたというわけでした。

2-27-6-29それから、はじめてつかんだその金で、土地（とち）の売買（ばいばい）をやる、資本（しほん）は三倍にも四倍にもなる。2-27-6-30銀行家の娘さんをもらったが死に別れて、ある後家（ごけ：未亡人）さんと結婚しましたが、これがドウ・ナルゴンヌ夫人（ふじん）といって、いまの王さまの侍従として、覚えめでたいセルビユー（サルビユ？）さんの娘ときている。2-27-6-31やつは百万長者（ひゃくまん・ちょうじゃ）になってしまい、男爵（だんしゃく）という位（くらい）はもらう。2-27-6-32で、いまではダングラール男爵を名乗って、モン・ブラン街（がい）に邸（てい）があります、厩（うまや）には馬が十頭（じゅっとう）、次の間（ま）には下僕（げぼく）が六人（ろくにん）、金庫（きんこ）には何百万（なんびゃくまん）あるかわからない、ざっとこうしたありさまです」。

2-27-6-33「ほほう！」と、司祭は異様（いよう）な声音（こわね）で言った。2-27-6-34「で、その男は幸福（こうふく）ですかね？」。2-27-6-35「幸福ですって？2-27-6-36そんなことを、誰にはっきり申せましょう？2-27-6-37幸不幸（こうふこう）は壁（かべ）ぞ知る。2-27-6-38ところで、壁には耳（みみ）こそありましょうが、舌（した）はないときていまして。2-27-6-39人間（にんげん）財産（ざいさん）があれば幸福というなら、まあダングラールこそは幸福だと申せましょうな」。2-27-6-40「で、フェルナンは？」。
 
 
 
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引用者：2016/8/30　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義