２７（７）フェルナンの出世

　２７（７）フェルナンの出世(しゅっせ)

2-27-7-1「フェルナン、それは話が別でございますよ」。2-27-7-2「だが、金もなければ教育もない、つまらないカタロニヤの漁夫（ぎょふ）に、どうして身代（しんだい）ができたんです？2-27-7-3まったく見当（けんとう）がつきませんな」。2-27-7-4「誰にも見当がつきませんや。2-27-7-5人に知られぬ不思議な秘密（ひみつ）でもないことには」。2-27-7-6「だが、外から見ただけでも、どんな経路（けいろ）でそうした莫大（ばくだい）な財産（ざいさん）だか、高い位（くらい）だかを手に入れたというのでしょう？」。2-27-7-7「両方（りょうほう）ですよ。2-27-7-8あなた、両方手に入れたというわけでして！2-27-7-9やつめ、財産（ざいさん）と地位（ちい）と、その両方を持っているんでございますよ」。

2-27-7-10「お話みたいじゃありませんか」。2-27-7-11「事実、お話みたいなものでして。2-27-7-12お聞きください、だんだんおわかりになりましょうから。2-27-7-13フェルナンは、皇帝（ナポレオンのこと）がフランスへお帰りのニ三日（にさんにち）前（まえ）に、徴兵（ちょうへい）にとられてしまいました。2-27-7-14ブルボン王朝（おうちょう）のときには、カタロニヤ村の連中は『そっ』としておいてもらえましたが、ナポレオンが帰ってくると、非常（ひじょう）徴収（ちょうしゅう）の命令が出て、フェルナンはいやおうなしに出征（しゅっせい）しなければならなくなりました。2-27-7-15わたしも出ましたが、フェルナンよりは年も取っておりましたし、ちょうど、家内（かない：妻）と結婚したてというわけで、海岸（かいがん）防備（ぼうび）のほうへまわされました。

2-27-7-16フェルナンのほうは現役（げんえき）聯隊（れんたい：連隊）へ編入されて、その聯隊にくっついて国境（こっきょう）に出かけ、リニーの戦（たたかい）に参加しました。2-27-7-17戦の翌晩（よくばん）、やつは将軍（しょうぐん）の宿舎（しゅくしゃ）の門前（もんぜん）で歩哨（ほしょう）に立っておりました。2-27-7-18その将軍というのが、内々（ないない）敵（てき）と関係をつけていたやつで、その晩もちょうど英軍（えいぐん：イギリス軍）のほうへ行くことになっていました。2-27-7-19で、フェルナンにいっしょに行かないかと誘（さそ）いをかけると、フェルナンは承知（しょうち）して、勤務を捨てて将軍について出かけました。

2-27-7-20ナポレオンさえ皇帝だったら、フェルナンはおそらく軍法会議（ぐんぽうかいぎ）にまわされもしましたろうが、ブルボン王朝の時代になると、それがかえって、あの男を引き立てる役にたちまして、やつは少尉（しょうい）の肩章をつけてフランスにもどってまいりました。2-27-7-21そして、依然（いぜん）として、お覚（おぼ）えめでたい将軍の後援（こうえん）があったため、１８２３年にはもう大尉（たいい）にまでなっていました。2-27-7-22ちょうどスペイン戦争（せんそう）当時（とうじ）のことで、ダングラールがはじめて思惑（おもわく）をやっていたころのことなのでした。

2-27-7-23フェルナンは、スペイン人だというわけで、同国人（どうこくじん）の意向（いこう）をさぐるため、マドリッドへ派遣（はけん）されました。2-27-7-24そこであの男はふたたびダングラールと会っていろいろ話しあい、将軍のため、マドリッドや地方の王党連中に助けてもらう約束をする一ぽう（いっぽう）、こちらからも言質（げんしつ）を与え、聯隊を、自分だけが知っている路（みち）から王党の守っている隘路（あいろ）へ導き、けっきょくその短い戦で立てた手柄（てがら）によって大佐（たいさ）になり、トロカデロ占領（せんりょう）の後（のち）にはレジオン・ドヌール（四等勲章）と、伯爵の称号さえももらうことになったのでした」。

2-27-7-25「運だ！運だ！」と、司祭はつぶやいた。2-27-7-26「そうでございますとも。2-27-7-27が、まあお聞きくださいまし、まだおしまいではございません。2-27-7-28スペイン戦争が済むと、欧州（おうしゅう：ヨーロッパ）には平和のつづく色が見えて、フェルナンも行き詰ることになりました。2-27-7-29ところが折（おり）も折、ギリシャが単独でトルコ（オスマン帝国：トルコの方が場所がわかりやすいが、トルコ共和国は第一次世界大戦以後に建国された国）にたいして叛旗（はんき）をひるがえし、独立戦争をはじめました。2-27-7-30そして、人々の眼はすべてアテネへ向けられ、ギリシャに同情し、ギリシャ援助のことが口々（くちぐち）に言われておりました。

2-27-7-31フランス政府も、御承知のとおり、公然（こうぜん）と援（たす）けることはしませんでしたが、個人として出かけて行くことは大目（おおめ）に見ていたわけでした。2-27-7-32そこで、フェルナンは、依然（いぜん）軍籍（ぐんせき）に留（とど）まったままで、ギリシャ従軍（じゅうぐん）の許可を願ってゆるされました。2-27-7-33しばらくして、モルセール伯爵は－－－そういう名前になっていました－－－教育係の将軍という職名で、アリ・パシャのところに務めることになったといううわさでした。

2-27-7-34御承知のとおり、アリ・パシャは殺されました。2-27-7-35が、死ぬ前に、フェルナンの勲功（くんこう）を賞（しょう）するために、莫大な金をあの男のために残しました。2-27-7-36あいつはそれを持ってフランスに帰り、たちまち中将（ちゅうじょう）になってしまいました」。2-27-7-37「で、今日（こんにち）では？・・・・」と、司祭がたずねた。2-27-7-38「で、今日では、」と、カドルッスは言葉をつづけて、「やつめ、パリのエルデ街（がい）の二十七番地に、りっぱな邸宅を構えております」。

引用者：2016/9/1　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義