２７（８）メルセデスの場合

2-27-8-1司祭は口をあけて、しばらくためらっているようなようすだった。2-27-8-2が、やがてぐっと心を抑（おさ）えて、「そして、メルセデスはどうしました、ゆくえ不明ということでしたが？」。2-27-8-3「ゆくえ不明、と。2-27-8-4さよう、お日（ひ）さまが、明日（あす）『もっ』とギラギラしながらのぼるためにお沈みになるというようにでしてな」と、カドルッスが言った。2-27-8-5「では、その女も一身代（ひとしんだい：まとまった財産をつくる事業）起こしたとでもいうわけですか？」と、司祭は皮肉な微笑を浮かべながら言った。2-27-8-6「いまでは、パリ屈指（くっし）の貴婦人になっておりまさあ」と、カドルッスが言った。 2-27-8-7「話のつづきを聞かせてください」と、司祭が言った。2-27-8-8「なんだか夢物話（ゆめものばなし）でも聞かされているような気持ですな。2-27-8-9が、このわたしも、ふしぎな事実をいやというほど見てきているので、お話を聞いてもべつだん驚きもしませんがね」。 2-27-8-10「メルセデスは、最初のうちは、ダンテスを連れて行かれたというので、泣き暮らしていました。2-27-8-11あの女が、ビルフォール氏に嘆願（たんがん）したり、ダンテスの父親に親身（しんみ）もおよばぬ世話をしてやったことは、さっきもお話し申しました。2-27-8-12その悲しみの最中（さいちゅう）に、また新しい悲しみが降（ふ）って湧（わ）いたというわけでした。2-27-8-13というのは、あのフェルナンがいなくなってしまったので。2-27-8-14もちろん女は、彼の犯（おか）した罪など知らず、兄弟のように思っていました。2-27-8-15フェルナンがいなくなり、独（ひと）りぽっちになったメルセデスは、三ヶ月を涙のうちに過ごしました。 2-27-8-16ダンテスからの消息（しょうそく：近況の知らせ）もなければ、フェルナンからの消息もない。2-27-8-17ただ自分の目ではっきり見とどけたことと言えば、老人（ダンテスの父）が、失望（しつぼう）のあまり死んでしまったということだけです。2-27-8-18ある晩（ばん）のこと、いつもの癖（くせ）で、日（ひ）がな一日（いちにち）、マルセイユからカタロニヤ村へ行く二本道の角のところに坐っていたあとで、いままでになく疲れきって帰ってきました。2-27-8-19愛人にしても友だちにしても、その二本道（にほんみち）のどちらからも帰ってこない、そして、両方から、なんの便（たよ）りもないわけでして。 2-27-8-20と、突然（とつぜん）、聞き覚えのある足音を耳にしたように思いました。2-27-8-21不安の胸を抑えながらふり向くと、戸口が開いてあらわれたのは、少尉（しょうい）の軍服（ぐんぷく）を身に着けたフェルナンだったじゃありませんか。2-27-8-22それは、自分の泣（な）いて慕（した）っている人の、その半身とさえも言えません。2-27-8-23でも、それは自分のいままでの生活の一部、それがもどってきてくれたことにはちがいないというわけでした。2-27-8-24メルセデスは、夢中（むちゅう）になってフェルナンの両手を握りました。 2-27-8-25フェルナンは、てっきり女が自分を慕ってくれてるものと思いました。2-27-8-26だが、それは、この世の中に自分ひとりぽっちではなくなったという喜び、長いあいだ独り淋（さび）しく暮らした後で、とうとう友だちにめぐり会えたという喜びだけのことなのでした。2-27-8-27もっともフェルナンにしても、これはちょっと申しあげておかなければなりませんが、べつに嫌（きら）われていたわけでもなく、ただ愛されていなかっただけのことなのでした。2-27-8-28メルセデスの心は、他（ほか）の男にすっかり握（にぎ）られていたのでした。 2-27-8-29ところが、その他の男がいなくなった・・・・ゆくえ知れずになってしまった・・・・死んでしまったかもわからない。2-27-8-30ここまで考えると、メルセデスは『わっ』と泣き出して、腕をよじらせて悶（もだ）えました。2-27-8-31以前（いぜん）他の人から遠まわしに言われて、そのまま払いのけることのできた考えが、自然（しぜん）に頭に浮（う）かぶのでした。2-27-8-32その上、ダンテスの父親なども、絶えずこう言っていたのでした。2-27-8-33『エドモンも死んでしまった。2-27-8-34死なないでいるなら帰って来そうなものだからな』と。2-27-8-35老人が亡くなったことは申しあげました。 2-27-8-36老人が生きていたら、メルセデスにしても、他の男の女房（にょうぼう）になぞはならなかったことでしょう。2-27-8-37老人が、不貞（ふてい）を責めたことでしょうから。2-27-8-38フェルナンは、これらをすっかり見て取りました。2-27-8-39で、老人が死んだと聞いて、すぐに帰ってきたのでした。2-27-8-40今度は中尉になっていました。2-27-8-41はじめのときには、べつに好きとも口に出しては言いませんでしたが、次にきたとき、自分の好きでいることを女に思い出させました。2-27-8-42メルセデスは、ダンテスの帰りを待つため、六ヶ月の猶予（ゆうよ）を求めました。2-27-8-43そして、ダンテスのため、泣いていようと思いました」。

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引用者：2016/9/2　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義