２７（９）さ、このダイヤモンド

2-27-9-1「そうすると、」と、司祭は苦笑を浮かべて、「前後を通じて十八ヶ月ということになりますな。2-27-9-2いくら愛されていた男にしても、それ以上待てとは言えますまい」。2-27-9-3こう言ってから、あのイギリスの詩人の言った、「弱き者よ、なんじの名は女なり」という言葉をつぶやいた。2-27-9-4「六ヶ月しますと、」と、カドルッスは言葉をついで、「アクールの会堂で結婚式があげられました」。2-27-9-5「つまり、エドモンとの結婚式のあげられることになっていたあの会堂のことなのですな」ろ、司祭はつぶやいた。2-27-9-6「相手が変っただけなのですな」。 詩人の名はシェークスピア、作品は「ハムレット」 母が父の死後すぐに他の男と結婚したのを嘆いて言った言葉、「弱き者よ、なんじの名は女なり」 2-27-9-7「で、メルセデスは結婚しました」と、カドルッスはつづけた。2-27-9-8「だが、一応（いちおう）落ち着いたように見えてはいたものの、ラ・レゼルブ亭の前にさしかかったとき、女はさすがに気を失いました。2-27-9-9そここそは、ちょうど一年半前、彼女が自分の心の底をふり返ってみるとき、まだ自分の忘れずにいる一人の男と結婚披露の式をあげた場所というわけなので。2-27-9-10フェルナンは、前より幸福にはなりましたが、どうも気持が落ち着かない。2-27-9-11ちょうどその頃（ころ）出会いましたが、始終（しじゅう）、エドモンの帰ってくることをおそれていました。2-27-9-12フェルナンは、時をうつさず女房を他国につれて行き、自分もこの土地を離れることを考えました。2-27-9-13カタロニヤ村にいたのでは、危険や思い出やが多すぎるからのことなのでした。2-27-9-14式をあげて一週間ののち、二人は旅にのぼりました」。

ペルピニヤン

2-27-9-15「で、その後（ご）、メルセデスにはお会いでしたか？」と、司祭はたずねた。2-27-9-16「ええ、スペイン戦争のあったときに、ペルピニヤンで会いました。2-27-9-17フェルナンがそこに残して行きましたので。2-27-9-18子供の教育をしていました」。2-27-9-19司祭は思わず身をふるわした。2-27-9-20「自分の子供の教育ですか？」。2-27-9-21「そうなのでして、アルベールと申しましたが」と、カドルッスが答えた。2-27-9-22「しかし、子供の教育をしていたとすると、」と、司祭はつづけた、「自分も教育を受けたというわけですな？2-27-9-23ダンテス君の話では、美しくはあっても、学問のない、ただの漁夫（ぎょふ）の娘さんということでしたが」。 2-27-9-24「驚きましたな！」と、カドルッスは言った。2-27-9-25「自分の許嫁（いいなずけ）のことをそれほどわからずにいたのでしょうか？2-27-9-26もし、宝冠（ほうかん）というものが、もっとも美しい、もっとも賢い人間の頭に置かれるものだとしたら、メルセデスこそは女王さまにさえなれる女でさあ。2-27-9-27幸運がだんだんひらくにつれ、女も進歩したのでした。2-27-9-28絵も習いました、音楽も習いました、何もかも習いました。2-27-9-29もっとも、わたしの考えでは、これはここだけのお話しですが、そんなことをしたというのも、つまりは気をまぎらすため、忘れるため、つまり胸の思いを抑えようとして、いろいろなことを頭に詰めこむことにしたように思われますが。 成功したダングラールとフェルナンの態度 2-27-9-30だが、もうこうなったら、なにもかも申しあげてしまいましょう」と、カドルッスは言葉を進めて、「財産（ざいさん）と名誉（めいよ）とは、たしかにあの女を慰（なぐさ）めました。2-27-9-31あの女は、金（かね）もでき、伯爵夫人にさえなりました。2-27-9-32だが・・・・」。カドルッスは息をついた。2-27-9-33「だが、なんです？」と、司祭はたずねた。2-27-9-34「だが、あの女はたしかに幸福ではないように思われますよ」と、カドルッスは言った。2-27-9-35「だが、あなたにそう思わせた人というのは？」。2-27-9-36「じつはです、わたしもあまり不仕合（ふしあわ）せな身の上になりましたので、昔の友だちがなんとか助けてくれそうなものと考えまして、ダングラールのところをたずねました。2-27-9-37ところが、会ってさえもくれません。 2-27-9-38それから、フェルナンのところへも行ってみました。2-27-9-39すると、ボーイに百フラン（100,000＝１０万円）の金を持ってこさせたばかりでした」。2-27-9-40「では、どちらも会ってはくれなかった？」。2-27-9-41「ええ。だが、モルセール夫人だけは、わたしを見ていてくれました」。2-27-9-42「というわけは？」。2-27-9-43「外へ出ますと、足もとに財布（さいふ）が一つ落ちていました。2-27-9-44中には二十五ルイ（２５Ｘ２０Ｘ１０００＝500,000＝５０万円）はいっていました。2-27-9-45はっとして見上げると、そこにメルセデスが見えたのでした。2-27-9-46だが、たちまち、鎧戸（よろいど）は、すぐしめられてしまいました」。 ビルフォールは知らない 2-27-9-47「ビルフォールさんは？」と、司祭がたずねた。2-27-9-48「あの方はわたしの友だちではなかったので。2-27-9-49わたしはあの方を知りませんでした。2-27-9-50わたしとしては、なにもお頼みすることはなかったので」。2-27-9-51「だが、せめてどうなったかくらい知りませんかな。2-27-9-52それにダンテスの災難に、どれほどの関係があったかくらい？」。2-27-9-53「知りません。2-27-9-54ただ、エドモンをつかまえさせてからしばらくすると、サン・メランのお嬢さんと結婚して、やがてマルセイユを離れました。2-27-9-55きっと他（ほか）の連中と同じように、幸福になったことでしょう。2-27-9-56おそらくダングラールのように、金もでき、フェルナンのように重く用いられてもいますでしょう。2-27-9-57わたしだけでさ、ごらんのとおり、いつまでたっても貧乏で、みじめで、神さまからもお忘れいただいている男というのは」。 ダイヤをどうぞ 2-27-9-58「それはちがいましょう」と、司祭は言った。2-27-9-59「裁きをやすんでおいでのときは、なるほど神さまは忘れておいでのように見えましょう。2-27-9-60だが、神さまはきっと思い出してくださいます。2-27-9-61その証拠（しょうこ）には・・・・」と言って、司祭はポケットからダイヤモンドを取り出して、カドルッスのほうへ差し出した。2-27-9-62「さ、このダイヤモンドをお受けください。2-27-9-63これはあなたのものなのです」。

次へ

引用者：2016/9/2　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義