２７（１０）モレル氏の財布(さいふ)を

2-27-10-1「えっ、わたし一人の！」と、カドルッスは叫んだ。2-27-10-2「おからかいですか？」。2-27-10-3「これは、あの男の友だちのあいだで分けるはずでした。2-27-10-4だが、ダンテスには一人の友だちしかありませんでした。2-27-10-5したがって、分配（ぶんぱい）の必要がなくなったわけです。2-27-10-6このダイヤモンドを持って行ってお売りなさい。2-27-10-7五万フラン（50,000Ｘ1,000＝5,000万円）の価値があります。2-27-10-8それだけあったら、あなたも浮かびあがることがおできでしょう」。 2-27-10-9「おお、あなた、わたしを仕合（しあわ）せにしたり、がっかりさせたりして、後（あと）から『じょうだん』の種（たね）になさるおつもりではありますまいな？」。2-27-10-10「わたしは、幸福とはどんなものか、がっかりするとはどんなことか、すっかり知っているのです。2-27-10-11感情をもてあそび、それをたのしむことなど、このわたしにはできません。2-27-10-12さ、取ってください。そのかわり・・・・」。2-27-10-13すでにダイヤモンドに手を触れていたカドルッスは、たちまちその手を引っこめた。 2-27-10-14司祭は微笑（びしょう）した。2-27-10-15「そのかわり、」と、彼はつづけた。2-27-10-16「モレルさんがダンテスの父親の暖炉棚（だんろだな）の上に置いて行ったという、そして、それがいまあなたのお手にあるという、さっきお話しの緋絹（ひぎぬ：紅色の絹）の財布（さいふ）をくださいませんか？」。2-27-10-17カドルッスはますます驚きを新（あら）たにした。2-27-10-18そして、樫（かし）の大きな戸棚（とだな）へ行き、それを開けて、色の褪（さ）めた緋絹の、かつては金（きん）メッキされていた銅の鐶（わ）がまわりに二（ふた）つついている、長い財布を取り出して司祭に渡した。2-27-10-19司祭はそれを受取ると、ダイヤモンドをカドルッスの手に渡した。 2-27-10-20「おお、あなたは神さまです」と、カドルッスが叫んだ。2-27-10-21「なぜといって、ダンテスがこのダイヤモンドをあなたにお渡ししたことは誰一人知っておりません。2-27-10-22あなたはそのまま取っておおきになることもおできでした」。2-27-10-23《なるほど、この男だったらそうしかねないな》と、司祭は、聞こえないほどの低い声で言った。2-27-10-24司祭は立ち上ると、帽子と手袋（てぶくろ）を手にした。2-27-10-25「お話に嘘偽（うそいつわ）りはありますまいな？2-27-10-26すべてを信じていいのでしょうな？」。 2-27-10-27「ごらんください、司祭さま」と、カドルッスは言った。2-27-10-28「あの壁の隅（すみ）に、聖木（せいぼく）で造ったキリストさまがおいでになります。2-27-10-29こちらの長持（ながもち：衣類・布団などを入れておく、ふたのある長方形の木箱）の上には家内の福音書（イエス・キリストの言行録：「ルカによる福音書」もその一つ）がございます。2-27-10-30どうかそれをお開けください。2-27-10-31わたしは、手をキリストさまのほうへ差し伸べ、この福音書にかけてお誓いします。2-27-10-32わたしは、自分の心の安息（あんそく）にかけて、キリスト教徒としての信仰にかけて、事実ありのままを、最後の審判の日に、守護（しゅご）の天使さまが神さまのお耳に入れて下さいますとおり、お話し申しあげたことを誓います！」。 2-27-10-33「よろしい」と、司祭は、カドルッスの語る言葉の調子（ちょうし）に偽りのないことを見てとって言った。2-27-10-34「よろしい。その金（かね）があなたのお役にたつように祈りましょう！2-27-10-35さようなら。2-27-10-36これでわたしは、人間どうしが苦しめあっているところから遠いところへ帰りましょう」。2-27-10-37そして司祭は、カドルッスの感激（かんげき）をふり切るようにして、自分で戸口の閂（かんぬき）をはずし、外に出て馬に乗ると、くどくど別れの言葉を述べ立てている旅籠屋の主人に最後の挨拶（あいさつ）をしたあとで、もときたほうへ向かって立ち去った。 2-27-10-38カドルッスはふり向いた。2-27-10-39するとそこには、いままでになく、色青（いろあお）ざめ、体をふるわせながら、カルコントが立っていた。2-27-10-40「あたしの聞いたことはほんとかしら？」と、彼女は言った。2-27-10-41「なにが？おれたちだけにダイヤをくれるっていうことがか？」と、カドルッスは、喜びに気も狂わんばかりのようすで言った。2-27-10-42「そうなのさ」。2-27-10-43「ほんととも、ここにあらあね」。2-27-10-44女はしばらく見ていたが、低い声で、「でも、もし贋物（にせもの）だったりしたらどうするつもりさ？」と言った。 2-27-10-45カドルッスは、蒼（あお）くなってよろめいた。「贋（にせ）、贋・・・・」と、彼はつぶやいた。2-27-10-46「まさか贋のダイヤをつかませもしまいじゃないか？」。2-27-10-47「『ただ』で秘密を聞き出すためにさ。2-27-10-48お前さんもおめでたいよ！」。2-27-10-49この推測（すいそく）にはっとしたカドルッスは、しばらくのあいだぼんやりしていた。2-27-10-50「そうだ」。彼は、しばらくすると、頭に巻いた赤いハンケチの上にかぶっていた帽子をとりながら言った。2-27-10-51「贋（にせ）かどうか、すぐにわかるぞ」。 2-27-10-52「どうしてさ？」。2-27-10-53ちょうど今、ボーケールに市（いち）が立っている。2-27-10-54パリから宝石屋（ほうせきや）が、大ぜいきているんだ。2-27-10-55これから出かけて見てもらおう。2-27-10-56家のことをたのんだぞ。2-27-10-57二時間もすれば帰ってくるから」。2-27-10-58こう言って、カドルッスは外へ飛び出し、いましがた見知らぬ男が去ったのとは反対の道を、大急ぎで走り去って行ったのだった。 2-27-10-59「五万フラン！」と、あとにひとり残ったカルコントはつぶやいた。2-27-10-60「相当（そうとう）なものだわ・・・・まだ一身代（ひとしんだい）とは言えないけど」。 カルコントのこの不気味な言葉は、カドルッスをさらなる運命へと導くことになるのだったが、その事件の顛末はいずれ明らかになるだろう・・・・。

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ボーケールの市

ボーケールは地理的位置によって古くから経済上重要な地位を占めていた。7月21日から1週間開かれていたボーケール市（いち）は13世紀にさかのぼり，ヨーロッパ中に知られる著名なものであった。（引用：ことばんく）

引用者：2016/9/3　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義