２４（４）ここが怪しい

2-24-4-1だが、ダンテスは、そこで、かねて予期（よき）していた暗黒（あんこく）と、腐敗（ふはい）し、濁（にご）った空気（くうき）のかわりに、分解（ぶんかい）され、青味（あおみ）を帯びた柔（やわ）らかい光を見出しただけだった。2-24-4-2その空気と光とは、いまできた入口からはいりこんできているばかりでなく、外から見てはわからない岩の割れ目からも、はいってきているのだった。2-24-4-3そして、その割れ目からは碧玉（へきぎょく）の空（そら）がうかがわれ、その空の上には、緑の樫（かし）の梢（こずえ）や、や匍（は）いまわっている荊棘（いばら）の蔓（かずら）などが戯（たわむ）れているのが見られた。

2-24-4-4空気は、湿気ているというよりもむしろ涼しく、味がないというよりむしろ匂いに満ち、外の時候（じこう）にくらべ、陽（よう）の光と青みがかった光ほどのちがいを見せているこの洞穴のなかにいるうちに、前にも言ったごとく、暗に馴（な）れてきたダンテスの眼は、洞穴のずっと奥のほうまで推（お）しはかることができた。2-24-4-5洞穴は花崗岩（かこうがん：火成岩の一種。 流紋岩に対応する成分の深成岩である。 石材としては御影石（みかげいし）とも呼ばれる）でできていて、そのキラキラした面（めん）が、まるでダイヤモンドのように輝いていた。
 
 
2-24-4-6《やれやれ！》と、ダンテスは微笑しながら言った。2-24-4-7《枢機員が残して行ってくれた宝とは、要するに、これだけのものにすぎないのだ。2-24-4-8そして司祭は、このキラキラした壁を夢みながらああした豪華（ごうか）な希望を抱（いだ）くことになったのだ》。2-24-4-9だが、ダンテスは、『そら』でおぼえている遺言状（ゆいごんじょう）の文句（もんく）を思い起こした。

1-18-7-7　『１４９８年４月２５日、法皇アレクサンドル六世猊下（げいか）
1-18-7-8　より午餐の御招待に接したるが、或いは金銭をもって予
1-18-7-9　に職を売りたまいしことをあきたらず思いたもうのあまり、予
1-18-7-10　の財産を押収し毒をもってたおれたるクラパラ並にベンテ
1-18-7-11　ボリオ両枢機員の轍をふましめたまわん御心なるやも計られず
1-18-7-12　ここにおいてわが包括相続者たる予が甥グイド・スパダ
1-18-7-13　にたいし、次の次第を書き遺さんとするものなり。
1-18-7-14　すなわち彼が予とともに訪れてよく知れる地点すなわち
1-18-7-15　モンテ・クリスト島の洞窟中に予は自己の所有に属する
1-18-7-16　あらゆる地金、金貨、宝石類、金剛石、宝玉の類を埋め
1-18-7-17　たり。この宝の存在を知るものは予のほかになく、その価格はおよそローマ２００
1-18-7-18　万エキュにのぼるべく、右を見出すために
1-18-7-19　は東の小湾より真直に数えて第２０番目にあたる岩を上ぐべく、
1-18-7-20　洞窟中には２箇の入口あり。宝は第２の洞のもっとも深き
1-18-7-21　隅にあり。彼をもって予の唯一なる相続人として、宝はすべて彼に
1-18-7-22　遺贈し、彼の全所有たらしむるものなり。
1-18-7-23　１４９８年４月２５日
1-18-7-24　セザール＋スパダ』

2-24-4-10遺言状には、《第二の入口の最も奥まれる片隅》と書かれていた。2-24-4-11ダンテスは、僅（わず）かに第一の洞穴のなかにはいったばかりだった。2-24-4-12いまは第二の入口を探さなければならない。2-24-4-13彼は方角（ほうがく）をきめようと思った。2-24-4-14第二の洞穴（どうけつ）は、とうぜんもっと奥深いところにあるにちがいない。2-24-4-15彼は岩石（がんせき）の腰をしらべ、どうやらそこに入口があるらしく思われる壁のところへ行って叩（たた）いてみた。2-24-4-16入口は、もちろん十二分（じゅうにぶん）な注意をもってかくされているにちがいない。

2-24-4-17しばらくの間、鶴はしは、岩石の鈍重（どんじゅう）な響きを引き出しているにすぎなかった。2-24-4-18そのこもった音が、ダンテスの額（ひたい）に、汗（あせ）をにじませた。2-24-4-19やがて、しんぼうづよい鉱夫（こうふ）の耳には、花崗岩の壁の或る一部が、それに向かってなされた呼びかけにたいして、ほかのところより重々（おもおも）しい深い反響によって答えたように思われた。2-24-4-20彼は、燃える瞳（ひとみ）を壁に近づけた。2-24-4-21そして囚人の持つ直感によって、おそらく他のものだったら気がつかなかったであろうところのことを見て取った。2-24-4-22つまり、そこに入口があるにちがいないということだった。

2-24-4-23だが、セザール・ボルジアにおとらず時（とき）の値（あたい）を知っていたダンテスは、むだな努力をしないため、他の壁のところへ行っても鶴はしでためし、銃の台尻（だいじり）で地面（じめん）をしらべ、怪（あや）しいと思われる箇所の砂を掻（か）きのけてみた。2-24-4-24だが、そこになにも見出すことがっできなかった。2-24-4-25彼は、ふたたびあのなつかしい響きのした壁のところへもどって来た。

2-24-4-26彼は、ふたたび前よりも力をこめて叩いてみた。2-24-4-27するとふしぎなことが目にとまった。2-24-4-28それは、叩（たた）くにつれて、ちょうど壁画（へきが）を描くとき壁に塗（ぬ）る塗料（とりょう）といったものが、盛りあがってきたかと思うと、鱗状（うろこじょう）をなして剥落（はくらく）し、その下に普通の切石（きりいし）のような白ちゃけた軟（やわ）らかい石を見せはじめたことだった。2-24-4-29つまり、岩の入口は、他（ほか）の性質の石で封（ふう）じ、その石の上を例（れい）の塗料（とりょう）で塗（ぬ）り、その塗料の上を、色も結晶（けっしょう）も、すっかり花崗岩らしく見せかけておいたというわけだった。2-24-4-30ダンテスは、鶴はしの尖端（せんたん）で叩いてみた、すると、少しばかり壁のなかにはいった。2-24-4-31ここが怪（あや）しい。

2-24-4-32人間（にんげん）の心に潜（ひそ）むふしぎな謎（なぞ）といおうか、ダンテスの心は、ファリア司祭の決してあやまつことのなかった証跡（しょうせき）がたしかめられ、安心しなければならなくなればなるほど、ますます疑い深くなり、ほとんど落胆（らくたん）にさえ近くなっていった。2-24-4-33彼は、この新しい経験によって、新しい力を与えられるかわりに、いままで残っていた力をさえ奪（うば）い去られてしまった。2-24-4-34鶴はしは、打ちおろされるというより、むしろ力なく落とされるといったありさまだった。2-24-4-35彼は、それを地面におくと、額の汗を拭（ふ）きふき、明るい外のほうへあがって行った。2-24-4-36それは、誰かのぞいているものがありはしないかを見きわめるためのつもりだったが、そのじつ、気絶（きぜつ）しそうな気持になり、大気（たいき）を呼吸（こきゅう）したかったからのことだった。
 
 
 
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引用者：2016/8/22　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義