１９（１）宝よ第二の父よ

2-19-1-1あれほど長いあいだ、司祭の夢想（むそう）の対象（たいしょう）であったその宝（たから）は、いまやファリアが真（しん）の息子（むすこ）のように愛していた者の将来（しょうらい）の幸福（こうふく）を保障（ほしょう）することになって、司祭にとっては、その価値（かち）を倍（ばい）にしたのだった。2-19-1-2司祭は毎日、その宝の額（がく）について長（なが）ながと説き、いまの世（よ）において、人が、千三百万（１３０億円）乃至（ないし）四百万（１４０億円）の金を持っているとき、友人たちにどれほどの善根（ぜんこん）を施（ほどこ）し得（え）るかということをダンテスに説明してやった。 13,000,000（フラン）×1,000（円）=13,000,000,000（円）=130億円だが、 単位がエキュなら３倍、ルイなら２４倍になる。ルイかもしれない。 ルイだとすると、３１２０億円、ちょとしたものだ。 2-19-1-3だが、ダンテスの顔は曇（くも）った。2-19-1-4それは、彼の心に、以前のようなあの復讐（ふくしゅう）の誓（ちか）いが思い浮かんでいたからだった。2-19-1-5彼はいまの時代にあっても、人が１３０億円（２１世紀の日本円におおまかに換算）ないし１４０億円の金を持っているとき、それが敵にたいして、どれほどの危害を加えることができるかということに思い及んでいたのだった。 2-19-1-6司祭は、モンテ・クリスト島を知らなかった。2-19-1-7だが、ダンテスはそれを知っていた。2-19-1-8彼は幾度となくコルシカ島とエルバ島の間、ピヤノサから二十五海里（100km）のところにあるその島の前を通ったことがあった。2-19-1-9しかも一度（いちど）はそこに寄港（きこう）さえした。2-19-1-10島は当時（とうじ）、前にもそうであり、いまもそうであるが、まったく住む人のない島だった。2-19-1-11それはほとんど円錐形（えんすいけい）をなした一つの岩で、さも噴火（ふんか）による大変動かなにかのために、奈落（ならく）の底（そこ）から海面へ押しあげられたとでもいうようだった。2-19-1-12ダンテスは、ファリア司祭に島の地形（ちけい）を説明した。 2-19-1-13司祭は宝を見出（みいだ）すための方法についていろいろ注意をした。2-19-1-14だがダンテスには、老人（ろうじん）ほどの感激（かんげき）がもてなかった。2-19-1-15ファリアが気違（きちが）いでないことだけは、今しっかり呑（の）みこめてきた。2-19-1-16そしてファリアをして気違いと思いこませることになったあの大発見（だいはっけん）に達するまでの方法について、老人にたいする尊敬の念（ねん）を倍加（ばいか）した。2-19-1-17だが、たとえその宝にしてかつては存在（そんざい）していたにせよ、いまなおそれが存在しているかどうか、疑いなきを得（え）なかった。2-19-1-18そして、宝がまったく架空（かくう）なものでないにしても、それもいまでは、なくなっているとしか思われなかった。 2-19-1-19ところが、運命は、この二人（ふたり）の囚人からその最後の希望を奪い、二人が終身（しゅうしん）禁錮（きんこ）に処せられているのだということをさとらせようとするかのように、さらに新しい不幸（ふこう）をもたらした。2-19-1-20それは、ずっと前から崩壊（ほうかい）の恐れのあった海岸（かいがん）の廊下（ろうか）が改築（かいちく）されたことだった。2-19-1-21土台（どだい）は修復（しゅうふく）され、ダンテスが半（なか）ば埋（う）めかけていたあの穴（あな）は、大きな岩（いわ）でふさがれてしまった。2-19-1-22あの注意、読者（どくしゃ）諸君（しょくん）も記憶（きおく）しておられるように、司祭によって青年の耳にささやかれたあの注意がなかったら、二人の不幸はさらに大きくなったことだろう。 2-19-1-23すなわち、脱走（だっそう）計画（けいかく）もおそらく発見されたことだろうし、二人は離ればなれにさせられたにちがいなかった。2-19-1-24そして、二人の上には、さらにべつの、さらに頑丈（がんじょう：巖畳）な、さらに無情な戸口がとざされることになっただろう。 2-19-1-25「ごらんください」と、青年はやさしい悲しみの調子（ちょうし）でファリアに言った。2-19-1-26「主はわたしたちから、わたしのあなたにたいする献身的（けんしんてき）行為（こうい）とあなたが呼んでおいでの善行（ぜんこう）までも奪（うば）い去ってしまおうとしておいでです。2-19-1-27わたしは、永遠にあなたのおそばにいるとお約束（やくそく）しました。2-19-1-28そしていま、わたしには、そのお約束を自分から破ろうとしてもそれができなくなってしまいました。 2-19-1-29これから先、わたしには、あなたをおいて他に宝はありますまい。2-19-1-30あなたもわたしも、ここから出ることはありますまい。2-19-1-31それに、わたしにとってのほんとの宝は、あのモンテ・クリスト島の暗い岩蔭（いわかげ）に待っているようなものではないのです。2-19-1-32それはあなたがいてくださるということです。2-19-1-33たとい、獄丁がいたにしても、日に五時間六時間ごいっしょにいられます。 生きた宝 2-19-1-34宝とは、あなたがわたしの頭にそそぎ入れてくだすった知識の光のことなのです。2-19-1-35あなたがわたしの記憶のなかに植（う）えつけてくだすった言葉、そして言語学的（げんごがくてき）な枝々（えだえだ）を交（まじ）えてそこに萌（も）え出している言葉のことです。2-19-1-36あなたのお持ちの深い学殖（がくしょく：身につけた学問の素養）、またそれを明瞭（めいりょう）な原理（げんり）に帰納（きのう：個々の具体的事実を総合して、一般的な原理・法則を導き出すこと）してあれほどわかりやすく示してくだすったいろいろな学問、それこそわたしの宝なのです。 2-19-1-37これによって、あなたはわたしを富めるもの、幸福なものにしてくださいました。2-19-1-38お信じください。2-19-1-39そして、お心をおしずめください。2-19-1-40そうしたものこそ、あの黄金（おうごん）の樽（たる）やダイヤモンドの櫃（ひつ：ふたのついた大型の箱）、たといそれらが、あの朝の海面にただよう雲のように、陸地かと思って近づくにつれてだんだん薄れ、蒸発（じょうはつ）し、消え失せてしまうようなものでないにしても、そうしたものにくらべて、わたしにとってさらに貴（とうと）く思われます。 2-19-1-41できるかぎりおそばにいられること、さわやかなお声が、わたしの心を豊かにしてくださるのを耳にしていること、われとわが心を鍛えること、もし自由になれたあかつきには、あらゆる偉大な、そして、恐ろしい仕事でもやってのけられるように自分の体をつくること、はじめてお目にかかったとき、わたしを捉えていたああした絶望の影などささいなほど、それらの仕事を充実させてゆくことこそ、わたしにとっての幸福なのです。2-19-1-42これはたしかに架空なものではありません。 2-19-1-43わたしの得られる真の幸福、それはあなたのおかげなのです。2-19-1-44そして、この地上のあらゆる君主（くんしゅ）、たとえセザール。ボルジアにしたところで、それを奪い去ることはできますまい」。

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引用者：2016/7/5　（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義