(13)キリスト教会の保護(ほご)

異端(いたん)と分裂勢力の排除
1-1-13-1政務の中で最も熱心だったのは宗教問題で、特にキリスト教会の統一と正当性の保護に力（ちから）を入れた。1-1-13-2アリウス派異端の勢力はまだまだ根強く、ネストリウスやディオスコルスの異端説に従う信徒も少なからず、キリスト教会の統一は絶えず危機にさらされていた。

1-1-13-3ガラ・プラキディアは公会議を保護し、公会議の決定に逆（さか）らう者を弾圧（だんあつ）するために、勅令（ちょくれい）を発布（はっぷ）し続けた。1-1-13-4ネストリウスはエペソ公会議で異端宣告を受（う）け、ディオスコルスはカルケドン公会議で破門（はもん）された。1-1-13-5太妃（たひ）は、キリスト教会のみがこの大破局から生き延（の）びて、ローマ世界の精神的・文化的価値を守り抜き、後世（こうせい）に伝える可能性を持っていると、信じていたようだ。

------彼女がキリスト教を守ろうとしたのは、キリスト教が聖母マリヤの宗教的にも美しい物語を持っていたからかも知れない。異端の多くは、反聖母マリヤである。ユダヤの神も、ギリシャの神も、ローマの神も、それまでのどの神も、女性を商品のように扱い、人格を尊重してはいない。

しかし、ルカによる福音書の聖母マリヤだけは、神の子の母を一人の女性として扱われている。太妃としては、どうしても聖母マリヤのキリスト教を、それを否定する異端から守らなければならないと考え、その使命を果そうとしたのだろう。

1-1-13-6だから、教会が帝国崩壊（ほうかい）に歩調（ほちょう）を合わせて分裂・解体の道に踏み込むことを、彼女は何よりも懸念（けねん）したのである。

1-1-13-7キリスト教の教父（きょうふ）たちはローマ文明の害悪を糾弾（きゅうだん）し続け、一部の狂信者は古代の文化遺産の無意味な破壊に血道（ちみち）を上げていたけれども、それでもなおローマが希望を託（たく）せるのはこの新宗教だけだった。

1-1-13-8加速度的に進行する解体過程の中で、それが唯一（ゆいいつ）の凝集力（ぎょうしゅうりょく）だった。1-1-13-9「笑いながら死んでいく」遊惰（ゆうだ）で消費的なローマ社会の中で、キリスト教徒だけが真面目（まじめ）で生産的な力（ちから）を代表し得た。1-1-13-10さらにまた、ラテン、ゲルマンの両人種（じんしゅ）が怨恨（えんこん）と軽蔑（けいべつ）をむき出しにして殺し合う状況の中で、キリスト教だけが両者に共通する価値を呈示（ていじ）し得た。

ラベンナからローマに遷都(せんと)
1-1-13-11晩年の太妃（たいひ）は、宮廷をローマに移した。1-1-13-12生あるうちに今ひとたび聖ペテロの都（みやこ）を眺（なが）め、教皇と語らいたかったのであろう。1-1-13-13時の教皇はレオ一世、神学者としても政治家としても一流（いちりゅう）の人物だった。1-1-13-14ガラ・プラキディアはこの教皇だけが自分の心を分かってくれると信じていたに違いない。1-1-13-15彼女の治世（ちせい）の二十五年間、不思議にイタリヤは静穏（せいおん）だった。

1-1-13-16蛮族の侵攻（しんこう）も反乱や暴動の爆発もなく、権力をめぐる醜（みにく）い宮廷内の党争も表面化しなかった。1-1-13-17アッティラ率いるフン族軍団が北イタリヤに地獄絵図を現出（げんしゅつ）させ、ガイセリック率いるバンダル軍団がローマを襲って４１０年以上の惨禍（さんか）を引き起こすのは、いずれも彼女の死後のことである。

遺言(ゆいごん)「棺(ひつぎ)はラベンナに」
1-1-13-18西暦450年（ねん）11月27日、ガラ・プラキディアはローマで静かに60年の数奇（すうき）な生涯（しょうがい）を終えた。1-1-13-19故人（こじん）の遺志（いし）により遺骸は防腐処理をほどこしてラベンナに運ばれ、あの石の柩（ひつぎ）の中に安置された。

1-1-13-20遺体は千年以上もの間、誰の手にも触れず、帝衣（ていい）をまとった彼女の姿を柩(ひつぎ)の小さな穴から見ることができたという。

１５５７年・棺を放火
1-1-13-21西暦1557年のある日、不注意な観覧者（かんらんしゃ）がもっとよく見ようと、蝋燭（ろうそく）の火をその穴に近づけた。1-1-13-22屍衣（しい）に火がつき、あっというまに遺体は灰燼（かいじん）に帰した。1-1-13-23話の真偽（しんぎ）は確かでないが、あの美しく気高（けだか）いモザイクで飾られたラベンナの霊廟（れいびょう）の石棺（せっかん）に、現在何も入っていないことは確かである。
 
 
 
イタリヤ旅行
2016年「ラベンナ、アッシジ、ボローニャ」10日
 
 
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ミチオ書・第一部・（文章）歴史物語・藤沢道郎
ページ製作者：ささくら修道会　笹倉正義
2014/9/1、2017/2/12、2018/12/13、2021/2/3、3/1、2022/5/11
（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会：通称：「オリジナル教会」