８（６）ヘラクレスと牛泥棒

○（８−６）エウアンドルス王が神事の語り（ヘラクレスと洞窟のカクス） (8-193)(8-194)(8-195)(8-196)(8-197)(8-198)(8-199) (8-200)(8-201)(8-202)(8-203)(8-204) そこ（アウェンティヌスの丘）には昔、はてしなく深い洞窟（どうくつ）がありましてな、住みついた半人間（セミホモ）カクスの恐ろしき姿に、日の光も寄りつかぬところでした。その地面はいつも殺したばかりの人間の血で濡れていました。猛々（たけだけ）しい戸口（とぐち）のところには哀（かな）しい表情の生首（なまくび）がぶらさがり、腐った体液で青白（あおじろ）く汚（よご）れていました。 この怪物の父親はウォルカヌス（火の神）でした。だものですから、この怪物が巨体を揺すぶって動く時には、口から黒い火がめらめらと飛び出てきました。ですがある時、ついにわれわれの願いのかなう日が来ました。神の救いがやって来たのです。 あの悪を懲らしめる最大の英雄、三身（さんみ）の怪物ゲリュオンを殺したばかりのアルケウス孫のヘラクレスが、分捕（ぶんど）った牛を連れて、意気（いき）揚々（ようよう）とやってきたのです。彼がここでその巨大な牛を追いたてると、谷も川も牛だらけになってしまいました。(8-193-204) (8-205)(8-206)(8-207)(8-208)(8-209)(8-210)(8-211) (8-212)(8-213)(8-214)(8-215)(8-216)(8-217)(8-218) カクスがこれを黙って指を加えて見ているわけはありませんでした。泥棒根性が身についていて、悪事や詐欺（さぎ）なら何でもせずにはいられない性分だったのです。彼はさっそく群れの中から、これに見事な体格の四頭の牝牛（めうし）を連れ出しました。また容姿（ようし）端麗（たんれい）な若牝牛も四頭選びました。そしてそれらの牛の足跡（あしあと）をまっすぐ遡（さかのぼ）れないように、尾を掴（つか）んで、道には逆の足跡を残しながら洞窟へひっぱり上げて、暗い岩陰に隠したのです。これが洞窟までの手がかりを残さぬ工夫でした。 ところがアムピトリュオンの御子（ヘラクレス）が、餌（えさ）を食べ終わった牛たちを連れ出そうとしたところ、餌場から離される牛たちはモーモーと鳴いて森中を鳴き声で充たしました。牛たちは騒々しくさわぎながら丘を降りていきました。すると、荒涼たる洞窟の中にいた一頭の牝牛がモウーッと鳴いて、囚（とら）われの身ながらカクスの目論見（もくろみ）を打ち破ったのです。(8-205-218) (8-219)(8-220)(8-221)(8-222)(8-223)(8-224)(8-225) (8-226)(8-227)(8-228)(8-229)(8-230)(8-231)(8-232) この時、アルケウスの孫（ヘラクレス）は、黒い胆汁（たんじゅう）を発して、怒りにめらめらと燃え上がりました。彼は武器を手で掴み、節（ふし）くれだった棍棒（こんぼう）を振り回しつつ、虚空を飛ぶように、険しい山の頂に駆け上（あ）がりました。この時、わが国の民ははじめてカクスが仰天（ぎょうてん）して身をぶるぶる震わせるのを目にしました。 奴は東南風（とうなんふう：エウルス）よりも速く逃げて洞窟に入ろうとしました。恐怖が足に翼を与えたのです。洞窟に逃げ込むと、奴は鎖を切って巨大な切って巨大な岩を落として入り口を塞（ふさ）ぎました。これは父親（ウォルカヌス）譲りの技（わざ）で、鉄で吊り下げられていたのです。彼はこの防壁へしっかりと戸口を塞いでしまったのです。 すでに怒りに燃えたティリュンスの英雄（ヘラクレス）が、やって来ました。英雄はどこかに入口はないかと探し回り、あちらへ顔を向けては、盛んに歯ぎしりをくりかえしました。彼はアウェンティヌスの山を三度もくまなく探し回りました。三度岩の入口を破ろうと試みました。そして三度、疲れて谷に座り込みました。(8-219-232) (8-233)(8-234)(8-235)(8-236)(8-237)(8-238)(8-239) (8-240)(8-241)(8-242)(8-243)(8-244)(8-245)(8-246) 先の尖（とが）った花崗岩（かこうがん）がこの洞窟の背の険しい岩場の上に円錐状に立っていました。それは視野に入るかぎり最も高くそびえ、不吉（ふきつ）な鳥どもの格好の巣場所になっているところでした。それは尾根から左の方に傾斜して川まで下っていましたが、英雄は右から身体をぶつけ、それを根元からぶち壊（こわ）しました。それはあっというまに粉々に砕けました。 この衝撃に轟音が天に轟きわたりました。両岸が崩落し、川は動転して逆流しました。この時、カクスの洞窟も天井をもぎとられ、その巨大な屋敷があらわになりました。ずっと奥のほの暗い内部まで、すっかり見渡せたのです。それはまるで大地震の後、大地が割れて冥界の住民が姿を現し、青白い王国がぽっかりと開いて、神々に嫌われたあの奈落（ならく：パラトウルムという）が人目（ひとめ）に曝（さら）され、光が底まで届き亡者（もうじゃ：マネス）たちがうろたえる、そんな有様でした。(8-233-246) (8-247)(8-248)(8-249)(8-250)(8-251)(8-252)(8-253)(8-254)(8-255) カクスはいきなり光をあびて面食らい、丸い岩の洞穴（どうけつ）の中に身をすくめて、とてつもなく奇妙な叫び声をあげました。アルケウスの孫は、すぐに上から攻撃を開始しました。彼は投げられるものは何でも、木の枝や大岩などを次々放り込みました。カクスの方はもうたまりません。危険をかわすために咽喉（のど）を開いて、黒煙をもくもくと吐き出しました。それは実に不思議な光景でした。 煙が充満して岩屋は暗闇に包まれました。あたりがあたりが真黒く塗り込められていき、もはや何も見えませんでした。洞窟のあたりは濃い夜に包まれていて時折（ときおり）赤い炎が見えるのみでした。(8-247-255) (8-256)(8-257)(8-258)(8-259)(8-260)(8-261)(8-262) (8-263)(8-264)(8-265)(8-266)(8-267) アルケウスの孫は、怒りを爆発させました。彼は炎の断崖（さんがい）に身を投げて炎の真っ只中へ飛び込みました。そこは煙が波打ち、巨大な洞窟が黒雲に包まれて赤く燃えていました。英雄は、漆黒（しっこく）の中で空（むな）しく火を吐き続けるカクスに抱きつき、ぐいぐい締め上げました。 そしてカクスの目玉が飛び出し、咽喉から血の気（け）が引くまで彼を放しませんでした。扉が壊（こわ）れ、暗い家の内部が丸見えになりました。そして牛たちは外へ連れ出され、カクスの窃盗（せっとう）は、もはや誤魔化（ごまか）しようがなく白日（はくじゆ）のもとに曝（さら）されたのです。 英雄（ヘラクレス）は醜い死骸を足で蹴飛ばして外へ転がしました。その姿には誰しも目を見張り、飽かずいつまでも見続けたものでした。恐ろしげに見開いた目、顔、そして毛むくじゃらの剛毛に包まれた半獣（はんじゅう：セミフェルス）の胸と咽喉から吐き出される消え残りの煙。(8-256-267)

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2015/11/22 オリジナル教会（初代代表）　笹倉正義
正式名称：（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会