４（８）傷ついた女心

　４（８）傷ついた女心

○（４－８）傷ついた女心
(4-362)(4-363)(4-364)(4-365)(4-366)(4-367)(4-368)
(4-369)(4-370)(4-371)(4-372)
アエネアスがこのように言うのを、ディドは、顔をそむけて聞いていた。彼女の視線は、落ち着きなく動き、彼の頭の天辺（てっぺん）から足先までを、黙ってぐるぐる見回していた。しかし、やがて火のついたように話し始めた、「女神の御子（みこ）ですって。ダルダノスの子孫ですって。嘘（うそ）ばかりおっしゃる。ごつごつした岩の転（ころ）がるカウカスス（コーカサス地方）が、あなたを産んだのだわ。

ヒュルカニア（カスピ海岸東岸）の雌虎たちがあなたに乳を飲ませたのだわ。もはや気どっていても仕方ない。これ以上厳しいことに耐えて、頑張ることはないわ。わたしがどれほど泣いても、この人は、ためいきもつかない。目もそらさない。涙を流して一言（ひとこと）、悪かったなどと言う気はまったくない。愛する女を哀（あわ）れだとは思ってくれない。ああ、何から先に言おうか。もはやユノの大女神も、サトウルヌスの御子（みこ）の父なる大神（ユピテル）も、公正な目でこのありさまをご覧になってはいないのだわ。(4-362-372)

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もはや信じられるものは何もない。わたしは、岸に流れ着いて、何もなくて困っていた男を助け、おまけに何を血迷ったか、国の共同統治者にしてしまった。ぼろぼろになった艦隊を再建し、仲間の人たちを死の淵から救ってやった。ああ、わたしは狂気で燃え上がりそうだ。

易神（アウグル）のアポロですって。リキュアの神託ですって。ユピテルご自身がお遣わしの神々の使者が、風に乗って、空恐（そらおそ）ろしい命令を伝える、ですって。なるほど皆、天上の神々の仕業（しわざ）ですわ。それでは、神々の御心（みこころ）の休まる暇（ひま）がないのも道理ですわ。わたしはもはやあなたを止めません。おっしゃることに答えるのもばからしい。出ていって、風に乗って、イタリアへ行って。大波を越えて、ご自分の御国（おくに）を探して。(4-373-381)

(4-382)(4-383)(4-384)(4-385)(4-386)(4-387)(4-388)
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もし、神々に、仁義の御心が残っているのなら、あなたは岩場で座礁（ざしょう）して、うんとひどい目に遭うといい。でもその時、ディドの名を何度呼んでも、もう手遅れです。わたしは、お傍（しば）にはいなくても、黒い炎になって、どこまでもあなたを追いかけていきます。冷たい死が、魂と身体とを切り離してくれたら、その時は影となって、あらゆる場所に出かけます。不正を働いたあなたは、罰を受けねばなりません。わたしはそのなりゆきを聞きたい。その報（しら）せが地下の亡者（マネス）たちのところにいるわたしに届いてほしい」。

ここまで言って、彼女は言葉を中断した。この世の大気に耐える力を失った彼女は、人目を逃（のが）れて立ち去った。残されたアエネアスは、何も言えなかった。多くのことを言おうと思ったのだが、恐れから、口にすることができなかった。侍女（じじょ）たちが彼女を介抱（かいほう）した。力の抜けた彼女の体を、大理石の寝室へ運び、臥所（フシド）に横たえた。(4-382-392)

(4-393)(4-394)(4-395)(4-396)(4-397)(4-398)(4-399)(4-400)
神を畏（おそ）れるアエネアスは、悩むディドを慰めてやりたかった。やさしい言葉で憂いを取り除いてやりたかった。しかし彼の口（くち）から洩（も）れるのは、嘆息（たんそく）ばかりだった。彼は、愛に後ろ髪を引かれつつ、神々の命令に従った。そうして彼は艦隊に戻った。テウクリ人たちは、元気に仕事にかかった。高くそびえるもうどう（軍艦）がずらりと岸辺に並び、タールを塗った船腹（せんぷく）が揺れた。枝葉をつけたままの櫂（かい）が揃（そろ）えられた。木材は未加工のまま、森から運ばれてきた。彼らは、脱出の熱意に燃えていた。(4-393-400)

(4-401)(4-402)(4-403)(4-404)(4-405)(4-406)(4-407)
今や彼らが町から出ていくことは、誰の目にも明らかになった。彼らの行動は素早かった。それは冬に備えて、大量の小麦を略奪して、巣にたくわえる蟻（あり）たちの姿に似ていた。蟻たちは、草をかきわけながら、狭い道を、黒い列をなして、戦利品を運び集める。あるものは肩に穀物（こくもつ）の山を担（にな）い、あるものは、ぐずぐずする者の尻（しり）をたたき、列を前進させる。こうして小道は移動でごった返す。(4-401-407)

(4-408)(4-409)(4-410)(4-411)(4-412)(4-413)(4-414)(4-415)
ディドよ、あなたは、これを見て何を感じただろうか。海岸（かいがん）一帯（いったい）、仕事の熱気に沸き立ち、海原（うなばら）が大きな歓声（かんせい）につつまれているのを、高い砦から見下ろし、自分の目で確かめた時、あなたは、どんなためいきを漏（も）らしたのだろうか。

愛の使者（アモル）よ、おまえは本当に意地（いじ）が悪い。死すべき人間に、どんなことでも強要する。ある時は涙に暮れ、あるときは嘆願（たんがん）に心を砕いたディドは、ついにまた膝（ひざ）を屈（くっ）して、愛に身をゆだねてしまう。彼女は、何かをやり残したまま、無駄（むだ）死にしてはならないと思う。(4-408-415)

2015/11/8 オリジナル教会（初代代表）　笹倉正義
正式名称：（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会