４（１２）自らの火葬壇

 
○（４−１２）ディドの復讐
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こう言うと彼女は、もう一刻も早く、厭（いと）わしいこの世の光に別れを告げるべく、あれこれと心を巡らせた。彼女は、シュカエウスの乳母バルケを呼んで、手短（てみじか）に言った。彼女自身の乳母はとうの昔に亡（な）くなって、故国（ここく）で黒い灰となっていた。「ばあや、アンナを呼んできた。そしてこちらへ来る時、流れる清水（リュムパ）で身をきよめ、お供えものの生き物を連れてくるように言ってください。

それから、あなたも、アンナも、こめかみ（耳の上で、目じりのわきの部分）に、お祀（まつ）りの頭髪（とうはつ）りぼんをつけるように。わたしはこれより、霊界大御神（ユピテル・ステュギウス：プルト）の聖なる儀式を執（と）り行います。心の苦悩を取り除き、ダルダヌス一族の首（カシラ）を薪（たきぎ）の火で燃やしてしまうのです」。彼女がこう言うと、年老いた乳母（うば）は、覚束（おぼつか）ない足どりを、一所懸命（いっしょけんめい）に速（はや）めて去っていった。(4-630-641)

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だがディドはもはや待ち切れなかった。彼女は企（くわだ）ての恐ろしさに震え、血走った眼（まなこ）をせわしなく動かした。両頬（ほお）が引きつり、そこに斑点（はんてん）が浮かび上がっていた。死を迎えるその顔は、蒼白（そうはく）だった。彼女はすばやく奥の間に行き、高く積んだ薪の上に登った。狂った姿だった。彼女は、ダルダヌスの子孫（アエネアス）から貰った剣を抜いた。

しかし、それはこのような目的のために贈られたものではなかった。ここでイリアカエ（トロヤ）の衣装と、慣（な）れ親しんだ寝台（しんだい）を目にした彼女は、少し涙を浮かべた。そしてためらうようにそこに身を横たえ、最後の言葉を述べた。(4-642-650)

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「懐かしい身の回りの品よ。運命（さだめ）と神が許してくれていた間は楽しかった。おまえたちにこの魂（たましい）を受けとってほしい。そしてわたしを苦しみから救ってほしい。ここにわが生涯を終える。幸運の女神（フォルトウナ）の与えし人生行路を、わたしは歩き尽くした。

これから、このわが身の大いなる影（イマゴ）が大地の下（もと）へおもむく。輝ける都を、わたしは建てた。わが城壁をこの目で見た。夫の復讐（ふくしゅう）を果し、仇（あだ）なる兄には相応の罰を与えた。わたしは幸せであった。もしかのダルダヌスの戦（いくさ）船ども、わが岸に漂着することなかりせば」。(4-651-658)

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こう言うと、彼女は顔を寝台におしつけ、言葉を続けた。「このことの仕返（しかえ）しはまだ終っていない。しかしわたしは死ぬ。死んでやる。そうよ。そうよ。今こうやって死んで冥界へ降りていくのが楽しみだわ。さあ、今こそダルダヌスの非情人（つれないおとこ）よ、沖からその目でこの火をとくと貪（むさぼ）るがいい。わが死の呪いをしっかと持ってゆけ」。彼女は語り終えた。

彼女がこう言いながら剣に倒れる様子を、侍女たちは目にした。剣が血に染まり、手に血が流れた。叫び声が大広間（アトリウム）の高い天井（てんじょう）にこだました。そして噂（ファマ）が辻々を駆け抜け、町中が震撼（しんかん）した。(4-659-666)

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鳴き声、呻（うめ）き声、そして女たちの叫び声が館中に響き渡った。天に大きな衝撃が走った。それはまるで、敵が侵入して、カルタゴないし古いテュルスの町が滅亡し、炎が高くめらめらと燃え上がり、人家（じんか）の屋根も、神殿の屋根も火に包まれる、そんな有様に似ていた。（ローマ軍とカルタゴの将軍率いるカルタゴ軍の戦闘で、ローマ軍が歴史的勝利をしたことを読者は共有している）

騒ぎを聞きつけたアンナは、魂消（たまげ）て、震える足どりで駆けつけた。彼女は爪で顔をかきむしり、挙骨で何度も胸を叩きながら、侍女たちをかき分け、死に逝（ゆ）く姉の名を呼んだ。(4-667-674)

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「こんなこととは知らなかった。姉上（あねうえ）、わたしを騙（だま）したのですか。薪だの、火だの、祭壇だの、わたしに用意させたのはこのためだったのですか。わたしひとりい置いてきぼりを喰（く）らうなんて、なんて言ったらいいか。ご自分だけ逝（ゆ）かれて、わたしには、ついてくるなとおっしゃるのですか。

わたしも同じお遍路（へんろ）に連れていってほしかった。ふたりいっしょに剣の痛みを味わい、同時にあの世へ旅立ちたかった。わたしがこの手で仕度（したく）をしていたのです。故郷（ふるさと）の神々へ祝詞（のりと）を挙げたのもわたしです。このわたしを、捨てて逝（い）ってしまわれるのか。それは残酷ですわ。(4-675-681)

(4-682)(4-683)(4-684)(4-685)(4-686)(4-687)(4-688)(4-689)
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お姉さまは、ご自分とわたしと、ふたりを殺したのです。そればかりか、シドニイ（カルタゴ）の元老院（げんろういん）の方々（かたがた）や国民を殺し、そしてお姉さまの都（みやこ）をも滅ぼしたのです。誰か、お水をちょうだい。今わたしが傷を、清水（リュムパ）で洗ってさしあげます。まだ息が残っているのなら、この口（くち）で吸いとどめてみせます」。

こう言いながら、彼女は薪の階段の上まで登り、息も絶え絶えの姉を胸でしっかりと抱きしめた。それから、嗚咽（おえつ）しながら、流れる血を服で拭（ぬぐ）いとった。すると姉は、重いまぶたを開こうとした。しかし、力（ちから）尽（つ）きてぐったりと倒れた。胸の傷が喘音（ぜんおん：あえぎおと）をたてていた。彼女は、三度、肘（ひじ）で身を起そうとした。しかしそのたびに褥（しとね）の上に転がった。彼女は、目線をさまよわせ、遠い天空の光を求めた。そしてそれを見つけると、深いためいきを漏（も）らした。(4-682-692)
 
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2015/11/8 オリジナル教会（初代代表）　笹倉正義
正式名称：（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会