４（１）ディドとアンナ

○（４−１）ディドとアンナ （P94） (4-1)(4-2)(4-3)(4-4)(4-5)(4-6)(4-7)(4-8) しかし女王は、この時すでに重い心の傷を負うていた。恋のあこがれが彼女の血管を駆けめぐり、彼女の苦しみは次第に大きくなった。彼女の中で目に見えぬ炎が燃えあがり、彼女を苛（さいな）んでいた。丈夫（もののふ）の武勇（ウィルトウス）が心を駆けめぐり、一族の栄光が彼女の心をとらえて離さなかった。その人の顔つき、その人の言葉が彼女の胸を満たし、あこがれが彼女の四肢（よんし）から穏（おだ）やかな安らぎを奪っていた。翌日、アウロラがポエブスの光（太陽）で大地を照らし、湿った闇を天空から一掃（いっそう）した時、心（こころ）悩（なや）む彼女は、信頼する妹に話しかけた。(4-1-8) (4-9)(4-10)(4-11)(4-12)(4-13)(4-14)(4-15)(4-16) (4-17)(4-18)(4-19) 「ねえ、アンナ、わたしは恐ろしい考えに苦しめられて寝られなくなってしまいました。一体（いったい）、なんというおかたがわたしたちの家の客人になったのでしょう。あのかたのお顔、たくましい胸と肩。神々の一族に間違いないわ。わたしはそれを確信するの。卑（いや）しい生れの者ならば、どこかおどおどしているものよ。 ああ、でもあのようなおかた、どんな運命（さだめ）を乗り越えてこられたというのでしょう。いかなる戦（いくさ）を闘い抜いてこられたと、お話しになったことでしょう。もしもこの身に堅固な意志がなかったら、どうなったかと思うわ。わたしは、最初の夫をなくして愛というものを失い、もう結婚の絆（きずな）にだけは絶対に縛られまいと、決意してしまったのですもの。夫婦の寝床（ねどこ）だの、結婚の松明（たいまつ）だの、もうたくさんだと思うの。でももしそうでなければ、きっとこの悪い誘惑には勝てなかった、とも思うの。(4-9-19) (4-20)(4-21)(4-22)(4-23)(4-24)(4-25)(4-26)(4-27) (4-28)(4-29)(4-30) アンナ、わたしは、しっかりしなくてはいけない、とは思うのです。夫のシュカエウスがあんな亡くなりかたをして、義弟殺しが家御守護神（ペナテス）を血で染（そ）めた（1-352）のですもの。でもねえ、本当のことを言うと、あのかたにだけは勝てそうもない。あのかたは、わたしの決心を鈍（にぶ）らせてしまいました。どうやらわたしの中には、まだ古い炎が消えずに残っているらしい。 けれども、わたしにも廉恥心（れんちしん：心が清くていさぎよく、恥を知ること）があります。それを侵（おか）し、それの課す掟（おきて）をやぶるくらいなら、むしろ裂ける大地に呑（の）みこまれるほうがまだましです。そんなことをするくらいなら、全能の父神（ユピテル）の雷霆（イカズチ）に打たれて黄泉（よみ）の国に落ちたほうがいいくらいよ。青ざめた死者たちの黄泉の国、夷（エレブス：暗黒の神）の支配するあの国、あの底なしの夜の世界へ墜落したほうがずっとましなのよ。 はじめて結婚の絆で結ばれたわたしの夫が、わたしの愛を全部持っていってしまったの。どうぞ、わが夫がそれをしっかりと守ってくださいますように。お墓の中でもそれを護（まも）っていてくださいますように」。ディドはこう言って、溢（あふ）れる涙でしどと胸を濡（ぬ）らした。 (4-20-30) (4-31)(4-32)(4-33)(4-34)(4-35)(4-36)(4-37)(4-38) アンナは答えた。「光よりも大切なお姉さまは、その永遠の若々しさを、おひとりで悲しみ抜いて、台無しにさせておしまいになりますのか。このまま、かわいい子供たちも、ウェヌスの贈り物（愛）もご存じないままでいらっしゃいますのか。死んで灰になってお墓に入っている者たちが、このようなことを気にするとでも思っていらっしゃいますのか。 ま、お好きなようになさればいいわ。これまでは、どんな殿方（とのがた）も、お姉さまの悲しいお心の慰（なぐさ）めにはならなかった。リビュアにもテュルスにもそんな男性はいませんでした。お姉さまは、イアルバス王（ガエトウリ人の王）のお申し出もお断りになりましたし、アフリカの豊かな大地が、勝ち戦（いくさ）で育（はぐく）んだ他の支配者たちもすべて袖（そで）になさいました。今度は、ご自分の大切な愛とも、闘（たたか）うおつもりなのですか。(4-31-38) (4-39)(4-40)(4-41)(4-42)(4-43)(4-44) いったいお姉さま、この国はもともと誰様の土地だったのかを、よくお考えあそばせ。例のガエトウラの町々（ガエトウリ人の居住地）、あれはとても、こちらから手出しのできる人たちではありませんわね。ヌミディアの人たちもおとなしくありませんわ。わたしたちを取り囲むこれらの民に加え、近くには厄介（やっかい）なシュルティス地方があります。なにせここは乾き切った砂漠地帯です。おまけにここに分布するバルカエイ人たちの強さときたら、半端なものではありません。母国のテュルスとだって戦（いくさ）になりかねないのは言う必要もないでしょう。兄上（ピュグマリオン）がいつまで黙っていることやら。(4-39-44) (4-45)(4-46)(4-47)(4-48)(4-49)(4-50)(4-51)(4-52)(4-53) わたしの考えでは、イリアカエ（トロヤ）の艦隊が風のまにまにわたしたちの岸に辿（たど）り着いたのは神々の御守護の賜物（たまもの）にちがいない。これはユノ女神（結婚の女神）のご好意の証（あかし）にほかならないと思うの。お姉さま、わたしたちの町にとって、今がチャンスじゃないかしら。今こそ結婚によって王国を盛り上げる時なのではないかしら。 テウクリ（トロヤ）人の戦力をあてにできたら、ポエニカ（カルタゴ）の栄光はいや増しに高まるのではないかしら。お姉さま、神々のお力添（ちからぞえ）えをお頼みしましょうよ。捧（ささ）げ物をどんどん納めさせていただきましょ。そしてお客様を大切にいたしましょ。とにかくあのかたたちをこちらに引き止めておくことが肝心（かんじん）なところよ。しばらくすれば、冬の嵐が海を塞（ふさ）いでくれますわ。オリオンが雨を降らせてくれますわ。まだ船の修理が終らないとか何とか言って、天候が悪くなるのを待ちましょうよ」。(4-45-53)

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2015/10/26 オリジナル教会（初代代表）　笹倉正義
正式名称：（笹倉宗）聖母マリヤ福音教会