（２）ジュリエットが獅子に喰われた！

1-4-2-2-1あくる朝、曙（あけぼの）が星々を追い散らし、霜（しも）に濡（ぬ）れた草の葉が日差しに乾いたころ、ふたりはいつもの場所に寄って来ました。1-4-2-2-2それから、つもる嘆きをか細いささやきに託したあと、ついにこんな取り決めを交わしました。1-4-2-2-3夜のしじまが訪れたら、見張りの目をかわして、門の外へ抜け出すことにしよう。1-4-2-2-4家を出たら、そのまま町はずれまで行こう。1-4-2-2-5広い野原に出ることになろうが、そこではぐれたりしないように、ニノス王の墓で落ち合い、木の陰に隠れていることにしよう−−−−そういうことにしたのです。1-4-2-2-6じっさい、そこには、真っ白な実をいっぱいに垂（た）らした木が−−−−高い桑（くわ）の木だったのです−−−−冷たい泉（いずみ）のそばに立っているのです。 1-4-2-2-7ふたりは、このような約束をしました。1-4-2-2-8いやに遅々（ちち）とした足どりのように思えた太陽も、西の海に沈み、その同じ海から、夜の闇が寄せて来ます。 1-4-2-2-9夜陰（やいん）に乗（じょう）じて、門の蝶番（ちょうつがい）をはずしたティスベは、家の者に気づかれないで、うまく外へ出てゆきました。1-4-2-2-10ベールで顔を隠して、墓までやって来ると、いわれた木の下に坐ります。1-4-2-2-11恋が彼女を大胆にしていたのです。1-4-2-2-12−−−−その時です。1-4-2-2-13一頭の雌（めす）獅子（しし：＝ライオン）がこちらへやって来るではありませんか。1-4-2-2-14牛を食い殺したばかりで、口を血だらけにして、近くの泉の水で渇きをしずめようとしているのです。1-4-2-2-15遠くから、月の光でその姿を認めたティスベは、ふるえる足で、暗い洞穴（どうけつ）に逃げこみました。1-4-2-2-16逃げながら、背から落したベールを、そこへ置き去りにしました。1-4-2-2-17獰猛（どうもう）な獅子は、たくさんの水で渇きをいやし、森へ帰っていく途中、たまたまちょうど、置き去りにされていた薄絹（うすぎぬ）を見つけて、血だらけの口でそれを引き裂いたのです。 1-4-2-2-18遅れて家を出たピュラモスは、積った砂ぼこりのうえに、まぎれもないけものの足跡を認めて、顔一面が真っ青になりました。1-4-2-2-19そのうえ、血に染（そ）まったベールさえも見つかったからたまりません。1-4-2-2-20おもわず、こうさけびます。 1-4-2-2-21『この同じ一夜（いちや）に、恋人（こいびと）ふたりが死んでゆく。1-4-2-2-22ふたりのなかでは、彼女のほうこそ、生きながらえるのにふさわしかったのに。1-4-2-2-23悪いのはぼくだ。1-4-2-2-24かわいそうに、ぼくがおまえを死なせたのだ。1-4-2-2-25危険にみちたこの場所へ、夜歩きをさせて、させた本人が遅刻するなんて！1-4-2-2-26ぼくのこのからだを、罪深いこのはらわたを、荒々しい牙（きば）で食い尽くすのだ、おお、この崖下（がけした）に住む獅子たちよ！1-4-2-2-27が、口先（くちさき）で死を願うのは、臆病者のしわざだ！』。 1-4-2-2-28ティスベのベールを取りあげ、約束の木陰（こかげ）まで持ってゆきます。1-4-2-2-29見知ったそのベールに涙をそそぎ、口づけして、こういうのです。1-4-2-2-30『今こそ、さあ、ぼくの血潮（ちしお）も吸ってくれるのだ！』。 1-4-2-2-31腰につけていた剣を、わき腹に突きたてました。1-4-2-2-32そして、すぐに、焼けるように熱い傷口から、それを引き抜きました。1-4-2-2-33あお向けに地上に倒れると、血が高く噴きあげます。1-4-2-2-34水道管が破れて、裂け目ができると、細い孔（あな）から、しゅうしゅうと音をたてながら高々と水が噴きあがって、空をつんざきます−−−−そんなさまに変わりがないのです。1-4-2-2-35そばの桑の実は、血しぶきを浴びて、どす黒い色に変りました。1-4-2-2-36根も、血を吸って、垂れさがる実を赤く染めるのです。

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ページ制作者者：（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
モンテ・クリスト伯（四）５１「ピラムスとティスベ」を補足
2017/9/21-22