５２（５） ５２（５）
| 4-52-5-1「わたくしは、一つの毒（どく）が、北（きた）のほうの人（ひと）たちにも南（みなみ）のほうの人たちにも、同（おな）じように働（はた）くものかどうかをお尋（たず）ねしました。4-52-5-2するとあなたは、冷（つめ）たくて鈍重（どんじゅう）な体質（たいしつ）をもった北方人（ほっぽうじん）には、みずみずしい活動的（かつどうてき）な体質（たいしつ）をもった南方人（なんぽうじん）の場合（ばあい）ほど、効果（こうか）がてきめんでないとおっしゃいました」。4-52-5-3「そうでした」と、モンテ・クリスト伯（はく）は言（い）った。4-52-5-4「わたくしは、ロシヤ人（じん）の場合（ばあい）、ナポリの男（おとこ）かアラビヤ人（じん）だったらきっとやられるに違（ちが）いないような植物（しょくぶつ）を食（た）べて、なんら異状（いじょう）を認（みと）めなかった例（れい）を知（し）っております」。 4-52-5-5「そうした結果（けっか）は、東洋人（とうようじん：トルコ人）よりも、わたくしたち欧州人（おうしゅうじん：ヨーロッパ人）のほうに、もっとたしかにあらわれるのでございましょうね。4-52-5-6わたくしどもの国（くに）のような、靄（もや）や雨（あめ）の多（おお）いところでは、緯度（いど）の低（ひく）い、熱（あつ）い地方（ちほう）にくらべて、少（すこ）しずつ毒（どく）を飲（の）むのに馴（な）れやすいのでございましょうね？」。4-52-5-7「もちろんです。4-52-5-8だんだん馴らしていく毒にたいして、前もって予防（よぼう）さえできておりましたら」。 4-52-5-9「わかりました。4-52-5-10では、たとえばあなたでしたらどうしてお馴れになれますかしら？4-52-5-11というより、どうしてお馴れになれました？」。4-52-5-12「それはぞうさのないことでして。4-52-5-13前もって、人（ほと）が自分（じぶん）にどういう毒（どく）を用（もち）いようとしているか、それを知（し）っているとしましょう。4-52-5-14たとえば、その毒というのが、ブルシン（著者註：マチンから取った毒薬）だったといたしますな・・・・」。 4-52-5-15「ブルシンは、フォス・アンゴステュラ（原註：学名ブルケア・フェルギネア）からとりますのね」と、夫人（ふじん）が言（い）った。4-52-5-16「そのとおり」と、モンテ・クリスト伯が答（こた）えた。4-52-5-17「だが、どうやらたいしてお教（おし）え申（もう）しあげることもなさそうですな。4-52-5-18お褒（ほ）めの言葉（ことば）をお受（う）けください。4-52-5-19御婦人（ごふじん）で、そうした知識（ちしき）をおもちの方（かた）は、じつに類（るい）が少（すく）ないので」。 4-52-5-20「じつは、」と、夫人は言った。4-52-5-21「わたくし、神秘学（しんぴがく）についてとても興味（きょうみ）をもっているのでございます。4-52-5-22それは、想像力（そうぞうりょく）にたいしてまるで詩（し）のように働（はたら）きかけ、代数（だいすう）の方程式（ほうていしき）のように、数（すう）に分解（ぶんかい）されるんでございますもの4-52-5-23どうかお話（はな）しをお続（つづ）けください。4-52-5-24いまのお話し、とてもおもしろくうかがいました」。 4-52-5-25「では、」と、モンテ・クリスト伯は言葉をつづけた。4-52-5-26「たとえば、その毒がブルシンだったといたしますな。4-52-5-27そして、はじめの日（ひ）にはそれの一（いち）ミリグラムを召（め）しあがる、次（つぎ）の日（ひ）にはニ（に）ミリグラム、こうして十日目（とおかめ）の終（おわ）りには、一（いち）サンチグラム（十ミリグラム）までお飲（の）みになれるようにおなりになる。4-52-5-28こうして、一ミリグラムずつ増（ま）していって、二十日目（はつかめ）の終（おわ）りには三（さん）サンチグラム（つごう三十日分）、すなわち奥（おく）さまにとってはなんの障（さわ）りもない量（りょう）ですが、あらかじめそうした用心（ようじん）をしておかなかった人（ひと）には、すでに非常（ひじょう）に危険（きけん）である量をお飲（の）みになれます。4-52-5-29こうして、一ヶ月（いっかげつ）の後（のち）には、同（おな）じ瓶（びん）の水（みず）をお飲（の）みになりながら、ごいっしょにその水を飲んだ相手（あいて）をお殺（ころ）しになれます。4-52-5-30そして、奥さまのほうでは、あの水にはなにか悪（わる）いものが入（はい）っていたな、くらいにしかお感（かん）じにならないというわけです」。 4-52-5-31「ほかの解毒法（げどくほう）を御存（ごぞん）じではありますまいか？」。 4-52-5-32「ぞんじませんな」。 4-52-5-33「わたくし、たびたびミトリダーテスの物語（ものがたり）を読（よ）み返（かえ）しました」と、夫人はもの思わしげなようすで言った。4-52-5-34「そして、お伽噺（とぎばなし）だとばかり思っていました」。4-52-5-35「とんでもない。4-52-5-36それは一般（いっぱん）の歴史（れきし）の場合と反対（はんたい）に、たしかに本当（ほんとう）のことなのでして。4-52-5-37ですが奥さま、ただいまおっしゃったことは、どうもほんの気まぐれにおっしゃたものとは思えませんな。4-52-5-38と申しますのは、すでに二年前にもそのことをお話しでした。4-52-5-39そして、ミトリダーテスのことをいつも考えているとおっしゃっておいででした」。 4-52-5-40「そうでした。4-52-5-41わたくし、娘（むすめ）時代（じだい）に好（す）きだったのは、植物学（しょくぶつがく）と鉱物学（こうぶつがく）の勉強（べんきょう）でした。4-52-5-42そして、後（のち）になって、花（はな）によって東洋人（とうようじん）の恋愛（れんあい）の説明（せつめい）ができるのとおなじように、薬草（やくそう）の使用（しよう）によっても東洋（とうよう）の民族（みんぞく）の歴史（れきし）や個人（こじん）の生活（せいかつ）などの説明ができることを知ったわたくしは、なぜ男（おとこ）に生（う）まれてきて、フラメル（著者註：十五世紀フランスの作家。妖術家。錬金道士だったと称せられる）や、フォンタナ（十八世紀イタリーの科学者、解剖学者）やカバニス（十八世紀フランスの哲学者、医師、生理学者）のようにならなかったのかと残念（ざんねん）に思いました」。 4-52-5-43「ことに奥さま、東洋人という『やつ』は、ミトリダーテスのように、毒をもって、身をまもるための武器（ぶき）とするだけでなく、それを匕首（あいくち：刃物の一種）として人に迫（せま）る場合（ばあい）がございまして。4-52-5-44彼らの手中（しゅちゅう）にあっては、化学（ばけがく）はただ防御（ぼうぎょ）の武器であるのみならず、しばしば人を攻撃する武器ともなります。4-52-5-45すなわち、或（あ）るものはそれを自分の肉体（にくたい）の苦痛（くつう）にたいして用（もい）いるのに反（はん）し、他（た）のものは、それを敵（てき）に向（む）かって使（つか）いますので。 4-52-5-46阿片（アヘン：＝麻薬）とか、ベラドンナとか、フォス・アンゴステュラとか、毒蛇（どくじゃ）の木（き）とか、ロリエ・スリーズとか、彼らはそうしたものを、自分たちにハッとした思いをさせるであろうような敵をねむらせるために用います。4-52-5-47たとえば、あなた方（がた）が、心（こころ）ばえのいい女（おんな）といっておいでのエジプトの女、トルコの女、ギリシャの女、そうした女のどれもこれもが、みんな医者（いしゃ）に舌（した）を捲（ま）かせるような化学の知識（ちしき）をもち、或いは懺悔聴聞（ざんげちょうもん）僧（そう）をびっくりさせるような心理学（しんりがく）の知識をもっております」。 4-52-5-48「まあ？」と、夫人は、この物語（ものがたり）を聞（き）いて、目を異様（いよう）に光らせた。 |
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ページ制作者：（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」 初代代表者 笹倉正義
この本は、ささくら修道会の必読書
2017/9/26