５０（６）あれはエドモン・ダンテスだった！

4-50-6-1「お願（ねが）いです！」と、マクシミリヤンは言（い）った。4-50-6-2「もしあの方（かた）のことをなにか御存（ごぞん）じでしたら、どうかお聞（き）かせになってください」。4-50-6-3「残念（ざんねん）ながら、」と、モンテ・クリスト伯（はく）は、声（こえ）に出（だ）しそうな感動（かんどう）を押（お）さえながら言った4-50-6-4「あなた方（がた）にお尽（つ）くししたのがあのウィルモア卿（きょう）であったとしたら、二度（にど）とお会（あ）いにはなれますまい。4-50-6-5かれこれニ三年（にさんねん）前（まえ）、パレルモで別（わか）れました。4-50-6-6そして、あの人（ひと）は、ずっと遠（とお）くの国（くに）へ出（で）かけていきました。4-50-6-7どうやら二度と帰（かえ）ってきそうもないのです」。4-50-6-8「おお、なんという残酷（ざんこく）なことをおっしゃいます！」と、ジュリーは恐（おそ）ろしそうに叫（さけ）んだ。4-50-6-9その目（め）には、涙（なみだ）が浮（う）かんでいた。 4-50-6-10「奥（おく）さん、」と、モンテ・クリスト伯は、ジュリーの頬（ほお）を流（なが）れる涙の露（つゆ）を見（み）まもりながら言った。4-50-6-11「ウィルモア卿に、もしこういうところを見せましたら、おそらく彼（かれ）も人生（じんせい）を愛（あい）する気持（きもち）になりましたろう。4-50-6-12奥さんがお流（なが）しになる涙こそは、きっとあの男（おとこ）に世間（せけん）との仲直（なかなお）りをさせたにちがいないと思（おも）われますから」。4-50-6-13伯爵（はくしゃく）は、ジュリーのほうへ手（て）をさし出した。4-50-6-14ジュリーも、伯爵の眼差（まなざ）しとその言葉（ことば）の調子（ちょうし）に惹（ひ）きつけられて、手をあたえた。 4-50-6-15「で、そのウィルモア卿とおっしゃる方には、」と、ジュリーは、さらに一縷（いちる）の望（のぞ）みをかけながら言った。4-50-6-16「お生（う）まれになったお国（くに）とか、御家族（ごかぞく）とか、御親類（ごしんるい）がおありだったでしょうか？4-50-6-17あの方を御存じの方がおありでしたかしら？4-50-6-18なんとかしてわたくしどもに・・・・？」。4-50-6-19「いや、詮索（せんさく）だてはおやめになったがいいでしょう」と、伯爵は言った。4-50-6-20「わたしがちょっと口（くち）を滑（すべ）らした言葉のうえに、そんなつごうのいい空想（くうそう）を組（く）み立（た）てたりなさらないほうがいいでしょう。 4-50-6-21いや、おそらく、あのウィルモア卿という人（ひと）は、あなた方のお探（さが）しの人とはちがいましょう。4-50-6-22彼（かれ）はわたしの友人（ゆうじん）でした。4-50-6-23わたしは彼のあらゆる秘密（ひみつ）を知（し）っています。4-50-6-24もしそんなことがあったとしたら、わたしに話（はな）して聞（き）かせたことでしょう」。4-50-6-25「で、あなたにはなにもお話がございませんでした？」と、ジュリーが叫（さけ）んだ。 4-50-6-26「いいえ、なにも」。 4-50-6-27「なにかそれらしいようなことでも？・・・・」。 4-50-6-28「なにも」。 4-50-6-29「でも、あなたはすぐ、あの方のお名前（なまえ）をおっしゃったではございませんか？」。4-50-6-30「それは、なんです・・・・ああいうときにはいろいろ想像（そうぞう）されるものですから」。4-50-6-31「おいおい、」と、マクシミリヤンは伯爵の肩（かた）をもった。（かたをもつ：＝みかたをする、ということ）4-50-6-32「それは伯爵のおっしゃるとおりだよ。4-50-6-33お父（とう）さんもよく言っておいでだった、あんな幸福（こうふく）を持（も）ってきてくれた人は、決（けっ）してイギリス人ではないって」。 4-50-6-34モンテ・クリスト伯は身をふるわした。4-50-6-35「あの、お父さまがおっしゃった？・・・・あのモレルさんが・・・・」と、伯爵は勢（いきお）いこんで言った。4-50-6-36「父は、ああしたことを奇蹟（きせき）だと申しておりました。4-50-6-37父は、あの恩人（おんじん）が、わたしたちのために墓（はか）の中（なか）から出（で）てきてくれたのだと思（おも）いこんでおりました。4-50-6-38ああ、あなた、それはなんともいじらしい迷信（めいしん）でした。4-50-6-39わたしは、それを信（しんじ）じてはおりませんでしたが、父の心（こころ）から、そうと信じている気持（きもち）を取（と）りのぞく気（き）にはなれませんでした。 4-50-6-40父（ちち）は、自分（じぶん）の愛（あい）していた一人（ひとり）の友（とも）だちの名前（なまえ）、失（うしな）ったその友だちの名前を、なんべんとなく小声（こごえ）で口（くち）に出しては、その人のことに思い耽（ふけ）っておりました。4-50-6-41そして、いよいよ臨終（りんじゅう）が近（ちか）づき、追（お）っ付（つ）け永遠（えいえん）の生活（せいかつ）に入（はい）りかけたとき、いわば墓（はか）の向（む）こうからの光（ひかり）に心（こころ）を照（て）らされたものと見（み）えまして、そのときまで、ただの推察（すいさつ）にすぎなかったその考（かんが）えが、父にとって、たちまち一（ひと）つの確信（かくしん）と変（かわ）りました。 4-50-6-42そして、最後（さいご）の息（いき）をひき取（と）りながら 『マクシミリヤン、あれはエドモン・ダンテスだった！』 と申しました」。 4-50-6-43さきほどからますます青味（あおみ）を加（くわ）えていた伯爵（はくしゃく）の顔（かお）は、この言葉（ことば）を聞（き）くとさらに恐（おそ）ろしいほど青（あお）くなった。4-50-6-44体中（からだじゅう）のお血潮（ちしお）が心臓（しんぞう）に逆流（ぎゃくりゅう）し、口（くち）からは、一つの言葉さえ出せなかった。4-50-6-45伯爵は、さも時間（じかん）を忘（わす）れていたかのように時計（とけい）を出（だ）して見た。4-50-6-46そして、帽子（ぼうし）をとり、エルボー夫人（ふじん）に、ないやらぶっきら棒（ぼう）な、どぎまぎした挨拶（あいさつ）をし、そして、エマニュエルとマクシミリヤンの手（て）を握（にぎ）りながら、「奥さま、」と、言った。 4-50-6-47「ときどきお邪魔（じゃま）にあがらせていただきます。4-50-6-48お宅（たく）が好（す）きになりました。4-50-6-49おもてなしについてもこのうえなく嬉（うれ）しく存（ぞん）じております。4-50-6-50と申しますのは、これほど楽（たの）しくなれましたのは、何年（なんねん）このかた、まったく初（はじ）めてのことなのですから」。4-50-6-51こう言った伯爵は、大股（おおまた）に、急（いそ）いで室（しつ）を出ていった。 4-50-6-52「モンテ・クリスト伯って、ふしぎな人物（じんぶつ）だな」と、エマニュエルが言った。4-50-6-53「そう、」と、マクシミリヤンが答（こた）えた。4-50-6-54「でも、御親切（ごしんせつ）な方（かた）のようだし、それに、わたしたちをたしかに好（す）きでおいでのようだね」。4-50-6-55「ほんとに！」と、ジュリーが言った。4-50-6-56「あの方（かた）のお声（こえ）には、なにか聞（き）き覚（おぼ）えがありますわ。4-50-6-57そして二度（にど）か三度（さんど）、お声（こえ）を聞くのがはじめてではないように思われましたわ」。

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ページ制作者：（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
この本は、ささくら修道会の必読書
2017/9/18