５０（３）モレル商会 ５０（３）モレル商会
| 4-50-3-1『ジュリーや、』と、エマニュエルは申（もう）しました。4-50-3-2『ここにコクレスから渡（わた）してもらった最後（さいご）の百フラン（ひゃくフラン：＝１０万円）の束（たば）がある。4-50-3-3これでまずわたしたちが目標（もくひょう）にしてきた二十五万フランができあがったというわけだ。4-50-3-4どうだね、お前（まえ）はこれからさき、これだけの金（かねで満足（まんぞく）できるかね？4-50-3-5ねえ、いまわれわれの店（みせ）では、年（ねん）に百万フラン（ひゃくまんフラン：＝１０億円）の商売（しょうばい）をして四万フラン（よんまんフラン：＝４０００万円）の利益（りえき）をあげている。 4-50-3-6ところでだ、もしこっちさえその気（き）だったら、これから一時間（いちじかん）の後（のち）、店（みせ）のお得意（とくい：本は『顧客：こきゃく』）を三十万フラン（さんじゅうまんフラン：＝三億円）で譲（ゆず）ることができるんだがね。4-50-3-7というわけは、ここにドロネーさんからの手紙（てがみ）がある。4-50-3-8それは、店の顧客（こきゃく）を譲（ゆず）ってくれたら、引（ひ）きかえにそれだけの額（がく）を出（だ）そうというんだ。4-50-3-9どうしたものだろう、ひとつ考（かんが）えてくれないかね』。 4-50-3-10『あなた、』と、妹（いもうと）は申しました。4-50-3-11『モレル商会は、モレルの家（いえ）の者（もの）がやらなくてはなんにもなりません。4-50-3-12これまで悲境（ひきょう）を切（き）り抜（ぬ）けてお父（とう）さまのお名前（なまえ）を傷（きず）つけなかったというだけでも、三十万フランぐらいの価値（かち）がありませんかしら？』。4-50-3-13『わたしもそう思（おも）っていたんだ』と、エマニュエルが答（こた）えました。4-50-3-14『ただ、お前（まえ）の意見（いけん）をきいてみようと思（おも）ってね』。4-50-3-15『ではこうしようじゃありませんか。4-50-3-16もうすっかり入（はい）るものは入（はい）りましたし、手形（てがた）のほうもすっかり払（はら）いがすみましたから、いまなら、この半月（はんつき）分（ぶん）の計算（けいさん）の下（した）に線（せん）を引（ひ）いて、勘定（かんじょう）をしめてしまうこともできます。4-50-3-17それをやってしまおうじゃありませんか？』。 4-50-3-18そして、すぐさまその言葉（ことば）どおりにすることにしました。4-50-3-19それは、午後（ごご）の三時（さんじ）でしたが、三時十五分（じゅうごふん）になると一人（ひとり）の顧客（こきゃく）が見（み）えまして、二艘（にそう）の船（ふね）に保険（ほけん）がつけたいとの申しこみでした。4-50-3-20それは、現金（げんきん）で、一万五千（いちまんごせん）フランという利益（りえき）のある仕事（しごと）でした。4-50-3-21『この保険のことにつきましては、』と、エマニュエルが申しました。4-50-3-22『どうか同業（どうぎょう）のドロネーさんのほうへお申しこみ願えませんでしょうか？4-50-3-23じつは、手前（てまえ：＝自分のこと）のほうでは、もう商売をやめましたので』。4-50-3-24『それはまたいつからのことなんです？』と、顧客（こきゃく）が驚（おどろ）いて問（と）い返（かえ）しました。4-50-3-25『十五分前（じゅうごふんまえ）でございます』。 4-50-3-26まずこんなようなわけでして、」と、マクシミリヤンは微笑（びしょう）しながら話（はなし）をつづけた。4-50-3-27「妹にしましても義弟（ぎてい）にしましても、二万五千リーブルの年収（ねんしゅう）しかもたないというわけなのでして」。4-50-3-28聞（き）いていた伯爵（はくしゃく）の心（こころ）も晴々（はればれ）するようなこうしたマクシミリヤンの話がすみかけたところへ、エマニュエルが、帽子（ぼうし）とフロックに威儀（いぎ）を正（だだ）して姿（すがた）をあらわした。 4-50-3-29エマニュエルは、相手（あいて）の身分（みぶん）を充分（じゅうぶん）わきまえているといったようすで挨拶（あいさつ）をした。4-50-3-30それから伯爵に、花（はな）の咲（さ）き乱（みだ）れた小（ちい）さな庭（にわ）のなかを一回（ひとまわ）りさせたあとで、家（いえ）のほうへ案内（あんない）した。 4-50-3-31すでに客間（きゃくま）には、自然木（しぜんぎ）の柄（え）のついた日本製（にほんせい）の大（おお）きな花瓶（かびん）に、溢（あふ）れるほど活（い）けてある花々（はなばな）の匂（にお）いが満（み）ちていた。4-50-3-32ジュリーは、この場（ば）にふさわしい着物（きもの）に着替（きか）え、粋（いき）な帽子（ぼうし）をかぶって（彼女は、こうした軽業（かるわざ）をわずか十分（じゅっぷん）間（かん）でやってのけた）、伯爵を迎（むか）えようとして姿をあらわした。 4-50-3-33つい近（ちか）くにある大（おお）きな鳥籠（とりかご）からは、たくさんな小鳥（ことり）の啼（な）き声（ごえ）が聞（き）こえていた。4-50-3-34フォー・エベニエとアカシヤ・ローズ（著者註：ともにアカシヤの一種）の枝（えだ）は、その房（ふさ）で、青天鵞絨（あおビロード：＝当て字）の窓掛（まどか）けに縁（ふち）をとっているとでもいったようだった。4-50-3-35小鳥の啼き声から主人たちの笑い声（わらいごえ）にいたるまで、こうした気持（きもち）のいい、ささやかな住居（じゅうきょ）のなかで、何（なに）から何まで平和（へいわ）な気分（きぶん）に充（み）ちあふれていた。4-50-3-36伯爵は、家のなかに足（あし）をふみ入（い）れたときから、こうした幸福（こうふく）な気分（きぶん）に心（こころ）をひたされていた。4-50-3-37で、一同（いちどう）が、一（ひと）とおり挨拶（あいさつ）がすむのを待（ま）ってとだえた話（はなし）の続（つづ）きをはじめようと待（ま）ちかまえているのをも忘（わす）れて、まるで夢（ゆめ）みるように黙（だま）りこんでいた。 4-50-3-38伯爵は、自分（じぶん）の黙（だま）っていることが、どうやら無作法（ぶさほう）に近（ちか）くなったのを見（み）てとった。4-50-3-39そこで、つとめて夢（ゆめ）み心地（ここち）から身（み）をひき出（だ）して、「奥（おく）さま」と、言（い）った。4-50-3-40「ごめんください、あまり感心（かんしん）しすぎまして。4-50-3-41わたしがただいま拝見（はいけん）させていただいたような幸福（こうふく）と平和（へいわ）にお馴（な）れの奥様（おくさま）には、さだめしおかしくさえお見（み）えだったかと思（おも）います。4-50-3-42しかし、わたしのような人間（にんげん）にとって、人（ひと）の顔（かお）に、満（み）ち足（た）りた影（かげ）を見（み）るというのはじつに珍（めず）しいことなのです。4-50-3-43それで、奥さまと御主人（ごしゅじん）のお顔（かお）を、つくづく拝見（はいけん）していたようなわけでして」。 4-50-3-44「ほんとにわたくしたちは幸福でございますの」と、ジュリーが言った。4-50-3-45「でもずいぶん長（なが）いこと苦（くる）しい思（おも）いをいたしました。4-50-3-46幸福になるため、わたくしたちくらい苦しんだものはあまりたくさんいないことと思います」。4-50-3-47伯爵の顔の上には、好奇心（こうきしん）の影（かげ）が動（うご）いた。 |
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ページ制作者： （ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」 初代代表者 笹倉正義
この本は、ささくら修道会の必読書
2017/9/18