５０（２）友の妹ジュリーと義弟の近況

4-50-2-1夫人（ふじん）は、見知（みし）らぬ人（ひと）を見（み）るなり驚（おどろ）いて声（こえ）をたてた。4-50-2-2マクシミリヤンは笑（わら）い出（だ）した。4-50-2-3「かまわずおつづけよ」と、マクシミリヤンが言（い）った。4-50-2-4「伯爵（はくしゃく）は、まだ『やっと』ニ三日（にさんにち）前（まえ）にパリにいらっしゃったばかりだが、メレー町（ちょう：著者註：パリにある町の名、主として年金ぐらしのプチ・ブルジョアが住まっている）の女（おんな）がどんなものだか、ちゃんと御存（ごぞん）じなんだから。4-50-2-5御存じでなければ、お前がお見せ申してあげればいいんだ」。 4-50-2-6「まあ、」と、ジュリーは言った。4-50-2-7「こんなに突然（とつぜん）おつれ申（もう）すなんて、まったく騙（だま：本は欺）まし討（う）ちでございますわ。4-50-2-8兄（あに）はかわいい妹（いもうと）のことなど、すこしも考（かんが）えていてくれないんですもの・・・・ペヌロンや！・・・・ペヌロンや！・・・・」。 4-50-2-9ベンガル産（さん）の薔薇（ばら）の花壇（かだん）に鋤（すき）を入（い）れていた老爺（ろうや）は、鋤を地面（じめん）に突（つ）き立（た）てておき、帽子（ぼうし）を手（て）に取（と）り、噛煙草（かみたばこ）を頬（ほお）の奥（おく）に押（お）しこみ、それを一所懸命（いっしょけんめい）かくそうとしながら、こちらのほうへ歩（ある）いてきた。4-50-2-10まだそうとうの厚（あつ）みをもった髪（かみ）の毛（け）には、わずかの白髪（はくはつ）が銀糸（ぎんし）を飾（かざ）っていた。4-50-2-11そして、その銅色（どういろ）した顔立（かおだ）ちや、健気（けなげ）な、生々（いきいき）とした瞳（ひとみ）のなかには、赤道（せきどう）の陽（ひ）にやけ、嵐（あらし）にさらされた老水夫（ろうすいふ）の面影（おもかげ）がうかがわれた。 4-50-2-12「お呼（よ）びになりましたか、ジュリーさま」と、爺（じい）さんが言った。4-50-2-13「まいりましてございますが」。4-50-2-14ペヌロンは、いまもまだ主人（しゅじん）の娘（むすめ）のことをジュリーさまと呼（よ）びつづけていた。4-50-2-15彼（かれ）には、どうしても奥（おく）さまとは呼べなかった。4-50-2-16「ペヌロン、」とジュリーは言った。4-50-2-17「旦那（だんな）さまのところへ行（い）って、珍（めずら）しいお客（きゃく）さまがいらしったとお知（し）らせ申（もう）してきて。4-50-2-18そのあいだに、お兄（にい）さまが客間（きゃくま）にお通（とお）し申しておくことにするから」、こう言いながらモンテ・クリスト伯のほうをふり向いて、「あの、ちょっと失礼（しつれい）させていただきます」。4-50-2-19そして、伯爵の返事（へんじ）を待（ま）たずに、夫人は植込（うえこみ）みのなかに姿（すがた）を消（け）し、わきの小径（こみち）を通（とお）って家（いえ）のほうへ帰（かえ）っていった。4-50-2-20「これはこれは！」と、モンテ・クリスト伯（はく）が言った。 4-50-2-21「どうも失礼（しつれい）いたしました。4-50-2-22たいへんお騒（さわ）がせいたしまして」。4-50-2-23「ごらんください、」と、マクシミリヤンは笑（わら）いながら言った。4-50-2-24「ほら、主人は主人で、あそこで背広（せびろ）を着（き）かえております。4-50-2-25なにしろ、メレー町（ちょう）ではちゃんと存（ぞん）じあげておりますので。4-50-2-26すっかりお噂（うわさ）がひろまっております」。4-50-2-27「どうもじつに幸福（こうふく）な御家庭（ごかてい）のようにお見受（みう）けしますな」と、伯爵は、われとわが心（こころ）のうちの考（かんが）えに答（こた）えるように言った。 4-50-2-28「仰（おお）せのとおりでございます。4-50-2-29それははっきり申せます。4-50-2-30幸福になるため、なに一（ひと）つ不足（ふそく）してはおりません。4-50-2-31若（わか）く、元気（げんき）で、お互（たが）い愛（あい）しあっておりますうえに、年（ねん）に二万五千リーブル（＝フラン：＝２５００万円）の収入があります。4-50-2-32ずいぶん、大（おお）きな金（かね）を見（み）なれた二人（ふたり）ではございますが、まるでロスチャイルドほどの大金持（おおがねもち）になったような気持（きもち）でおります」。 4-50-2-33「だが、二万五千リーブルでは少（すく）ないですな」、モンテ・クリスト伯のたまらなくやさしい言葉（ことば）の調子（ちょうし）は、まるで父親（ちちおや）の声（こえ）とでもいったようにマクシミリヤンの胸に沁（し：本は浸）みた。4-50-2-34「でも、それで満足（まんぞく）しておいでのわけではありますまい。4-50-2-35これからは、百万長者（ひゃくまんちょうじゃ：＝大金持）におなりになるのですな。4-50-2-36弟御（おとうとご）さんは弁護士（べんごし）でおいでですか・・・・それともお医者（いしゃ）さまで？」。 4-50-2-37「実業家（じつぎょうか）でした。4-50-2-38そして、わたしの父（ちち）の家（いえ）を継（つ）ぎました。4-50-2-39父は、五十万フラン（ごじゅうまんフラン：＝五億円）の財産（ざいさん）を遺（のこ）して亡（な）くなりました。4-50-2-40その半分（はんぶん）はわたしがもらい、後（あと）の半分は妹（いもうと）がもらいました。4-50-2-41なにしろ子供（こども）は二人（ふたり）きりというわけなので。4-50-2-42妹の主人（しゅじん）は、妹をもらうにあたっての財産（ざいさん）としては、正直一途（しょうじきいっと）の気立（きだ）てと、無類（むるい）の悧巧（りこう）さと、一点（いってん）非難（ひなん）の余地（よち）のない評判（ひょうばん）だけしかもっておりませんでした。 4-50-2-43しかし、自分（じぶん）も、妻（つま）とおなじほどの財産をこしらえようと考えたのでございます。4-50-2-44そして二十五万フラン（：＝二億五千万円）の金（かね）ができるまで、一所懸命働き、六年間（ろくねんかん）でちゃんとそれだけこしらえました。4-50-2-45見（み）ていて涙（なみだ）がこぼれるほどでございました。4-50-2-46あの働（はたら）き者（もの）の二人（ふたり）が、ぴったり心（こころ）をあわせ、才能（さいのう）からいっても大金持（おおがねもち）になれるはずの二人が、ただ父親の商会（しょうかい）の習慣（しゅうかん）を少（すこ）しも変（か）えたくないという気持（きもち）から、新規（しんき）にやれば二年（にねん）か三年（さんねん）でつくれるものを、六年もかかってこしらえあげたというわけでした。 4-50-2-47今（いま）でもマルセイユでは、そうした勇（いさ）ましい犠牲的（ぎせいてき）精神（せいしん）について、誰（だれ）ひとり否（いな）やをいう者（もの）のないほどのりっぱな褒（ほ）め言葉（ことば）が伝（つた）えられております。4-50-2-48ところで、或（あ）る日（ひ）、エマニュエルは、支払（しはらい）をすましたばかりの妻（つま）のところへやってまいりました。 ---エマニュエルはカドルッスとの、何からなにまで正反対のキャラクターとして登場している。

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ページ制作者：　（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」　初代代表者　笹倉正義
この本は、ささくら修道会の必読書
2017/9/18