５０（１）メレー ５０（１）メレー
| 4-50-1-1数分（すうふん）の後（のち）、伯爵（はくしゃく）はメレー町（ちょう）七番地に着（つ）いた。4-50-1-2それは、白（しろ）い、陽気（ようき）なかまえの家（いえ）で、家の前（まえ）の庭（には）には、小（ちい）さな二（ふた）つの植込（うえこ）みのなかに、かなり美（うつく）しいいろいろな花（はな）が咲（さ）き乱（みだ）れていた。4-50-1-3門（もん）を開（あ）けた門番（もんばん）を見るなり、伯爵には、それがあの老（ろう）コクレスだということがわかった。4-50-1-4だが、読者（どくしゃ）諸君（しょくん）も記憶（きおく）しておられるように、コクレスは片目（かため）であり、しかも、その片目も九年（きゅうねん）このかたさらに弱（よわ）ってきていたので、彼（かれ）には、相手（あいて）が伯爵であるとは気（き）がつかなかった。 4-50-1-5馬車（ばしゃ）が玄関（げんかん）まで行（い）くまでには、煉石細工（れんせき・さいく：ロカイユ）の池（いけ）から吹（ふ）きあげる小（ちい）さな噴水（ふんすい）のしぶきを避（さ）けるため、まわってゆかねばならなかった。4-50-1-6この池のすばらしさは、その界隈（かいわい）の人々（ひとびと）をずいぶん羨（うらや）ましがらせたもので、家（いえ）は、そのために『小ベルサイユ』（著者註：ベルサイユ宮殿の庭はその美しさにおいて聞こえている）の名で呼ばれていた。4-50-1-7池のなかには、赤（あか）、黄（き）の魚（うお）が、無数（むすう）に泳（およ）ぎまわっていたことはあえてつけ加（くわ）えるにおよぶまい。 4-50-1-8台所（だいどころ：＝キッチン）や穴蔵（あなぐら）よりも一階（いっかい）だけ高（たか）く建（た）てられていたその家は、階下（かいか）の室（しつ）のほかに、さらに二階（にかい）があり、屋根裏（やねうら）の室がついていた。4-50-1-9若（わか）い人（ひと）たちは、それに附属（ふぞく）している大（おお）きな仕事場（しごとば）と、庭（にわ）の中央（ちゅうおう）、および庭の奥（おく）にある二（ふた）つの小亭（しょうてい）といっしょに、この家を買（か）ったのだった。4-50-1-10エマニュエルは一目（ひとめ）見たばかりで、これは買物（かいもの）だと考（かんが）えた。 4-50-1-11彼（かれ）は、家と、それに庭（にわ）半分（はんぶん）とを自分（じぶん）のために取（と）っておき、そこに一（ひと）つの線（せん）を引（ひ）いた。4-50-1-12つまり彼は、自分の住居（じゅうきょ）と、賃貸（ちんが）ししている仕事場（しごとば）や、小亭や、それに附属（ふぞく）した庭の部分（ぶぶん）とのあいだに塀（へい）をつくったというわけだった。4-50-1-13こうして彼は、ほんのわずかな金（かね）で自分（じぶん）の住居をつくりあげ、フォーブール・サン・ジェルマンあたりのお邸（やしき）の、ずいぶん気（き）むずかしい御主人（ごしゅじん）同様（どうよう）、いい気持に自分の家に立（た）てこもることができたのだった。 4-50-1-14食堂（しょくどう）は、槲（かしわ）の木（き）造（つく）りになっていた。4-50-1-15客間（きゃくま）はマホガニーと青（あお）天鵞絨（当て字で《ビロード》と読む：ポルトガル語ｖｅｌｕｄｏ：綿・絹・毛などで織って毛を立てた、やわらかくてなめらかな織物）、寝室（しんしつ）はシトロニエと緑色（みどりいろ）の綾（あや：いろいろな模様を織り出した美しい絹織物、斜めの模様の織物）布（ぬの）。4-50-1-16そのほか、じっさいには勉強（べんきょう）しないエマニュエルのための書斎（しょさい）があり、自分では音楽（おんがく）のできないジュリーのための音楽室（おんがくしつ）があった。4-50-1-17三階（さんがい）の全部（ぜんぶ）は、マクシミリヤンのためにあてられていた。4-50-1-18そこは、妹（いもうと）の住居とまったくおなじ間取（まど）りになっていて、ただ食堂（しょくどう）だけが球戯室（きゅうぎしつ）に変（か）えられ、彼（かれ）はそこへよく友（とも）だちをつれてきていたのだった。4-50-1-19マクシミリヤンは、自分で馬（うま）の手入（てい）れの監督（かんとく）をしながら、庭（にわ）の入口（いりぐち）で葉巻（はまき：＝タバコの一種）をふかしていた。 4-50-1-20そこへ伯爵の馬車がきてとまった。4-50-1-21前にも言ったように、コクレスが出ていって扉（とびら）を開（あ）けた。4-50-1-22パティスタンは、馭者（ぎょしゃ）台（だい）から飛（と）びおりて、こちらモンテ・クリスト伯爵だが、エルボー御夫妻（ごふさい）、マクシミリヤン・モレルさまにお目にかかりたいと申し入れた。 4-50-1-23「モンテ・クリスト伯爵！」と、マクシミリヤンは葉巻を捨（す）てて声（こえ）を立てた。4-50-1-24そして、客を迎（むか）えに飛（と）び出（だ）した。4-50-1-25「お目にかかりますとも！4-50-1-26ありがとうございました。4-50-1-27じつにありがとうございました、伯爵、よく約束（やくそく）をお忘（わす）れにならないでくださいました」。4-50-1-28青年（せいねん）士官（しかん）は、伯爵の手を真心（まごころ）こめて握（にぎ）りしめた。4-50-1-29そして、伯爵のほうでも、この青年のいかにも打（う）ちとけた気持（きもち）を見てとっていた。4-50-1-30そして、自分が楽（たの）しみにして待（ま）たれていたこと、心（こころ）から歓迎（かんげい）されていることの事実（じじつ）をはっきり認（みと）めることができたのだった。 4-50-1-31「どうぞ、どうぞ、」と、マクシミリヤンが言った。4-50-1-32「御案内（ごあんない）いたしましょう。4-50-1-33あなたのようなお方（かた）のご案内を召使（めしつかい）まかせにはできませんから。4-50-1-34妹（いもうと）は、庭（にわ）で、しぼんだ薔薇（ばら）の花（はな）を落（お）としております。4-50-1-35義弟（ぎてい）はすぐそばで『プレッス』と『デパ』（著者註：両者ともに新聞の名）を読んでおります。4-50-1-36じつは、妹のおります四メートル以内（いない）のところには、きっとエマニュエルがおりますので。4-50-1-37そして、理工科（りこうか）学校（がっこう）で申しますように、そのまた『逆』も成（な）り立ちますので」。 4-50-1-38足音（あしおと）を聞（き）きつけて、年（とし）のころ二十（にじゅう）から二十五（にじゅうご）までと思（おも）われる若（わか）い婦人（ふじん）が頭（あたま）を上（あ）げた。4-50-1-39絹（きぬ）の部屋着（へやぎ）を身（み）につけ、たんねんに薔薇（ばら）の木（き）の手入（てい）れをしているところだった。4-50-1-40この婦人こそ、そのかみの可愛（かわい）いジュリー嬢（じょう）にほかならなかった。4-50-1-41そしていまは、あのトムスン・アンド・フレンチ商会（しょうかい）の代理人（だいりにん）から聞いたように、エマニュエル・エルボー夫人（ふじん）になっていたのだった。 |
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ページ制作者：（ささくら宗）聖母マリヤ福音教会
通称「オリジナル教会」 初代代表者 笹倉正義
この本は、ささくら修道会の必読書
2016/10/2、2017/9/17